2020年大統領選挙の前提として、2016年大統領選挙を決定要素を振り返る
約4年前のことになるが、筆者は2016年当時アゴラ紙面上で各種世論調査・予備選挙参加人数などの数的根拠及び共和党保守派の選挙動向に基づいてトランプ大統領の当選を予測した。それは共和党・民主党のいずれの陣営に贔屓目になることなく、選挙戦の行方について純粋に分析したものであったと自負している。
2016年大統領選挙はラストベルトが勝敗を分けたが、日本ではその勝敗要因についていまだに正確に理解されていない。そして、その要因を理解することは2020年大統領選挙を左右する各陣営の戦略を理解する上で極めて重要だ。
まずラストベルトの白人・低学歴・低所得者、いわゆるヒルビリーと呼ばれる層が選挙結果を左右したという評価は過大評価である。まして、全米世論調査協会が選挙翌年2017年に公式に否定した隠れトランプ支持者仮説(世論調査の際にトランプ支持と答えるのが恥ずかしがった層が虚偽の回答をしたという仮説)のようなデタラメがいまだ一部に通用している大統領選挙分析に関する現状は悲惨だ。
2016年に勝負を決めた要素はヒラリーの尋常ではない不人気であった。その結果として、アフリカ系有権者の投票棄権、製造業・エネルギー産業の労働者層の反発、左派系支持層の第三極流出等が発生し、トランプ陣営はヒラリー陣営をラストベルトで差し切ることができたのだ。予備選挙においてヒラリーVSサンダースは実際の参加人数の盛り上がりに欠けていた。そのため、おそらく民主党の大統領候補者がヒラリーでなくオバマならトランプは勝利することはできなかっただろう。これが2020年の大統領選挙を分析する上での大前提となる認識だ。
トランプ大統領の2020年大統領選挙再選のための戦略
トランプ大統領が再選戦略で狙っている層は2016年大統領選挙の勝因を踏まえたものとなっている。トランプ大統領が演説で常に強調するポイントは、力強い経済情勢に基づく有色人種の低失業率だ。トランプ大統領は必ず同失業率に触れることで、通常は民主党支持である有色人種からの支持を自らに対して幾分かでも削り取ろうとしている。
特に、娘婿のクシュナー氏に命じてアフリカ系有権者が求める刑務所改革を実現し、ホワイトハウスに何度もアフリカ系牧師を招いて会合を持っているなど、同層の戦略的に切り崩し工作は徹底している。また、選挙戦を左右するフロリダ州に多く居住するキューバ系ヒスパニックからの支持を得るため、彼らが敵視するキューバ・ベネズエラに対しても一貫して強硬な姿勢を貫き続けていることも特筆に値する。好調な経済と政策実績は同有権者層にトランプ支持を確実に拡大していくことになるだろう。
一方、エネルギー開発に関する規制廃止はエネルギー産業・製造業を抱えるラストベルト周辺の労働者には効き目があるものと想定される。特に、民主党側候補者が温室効果ガス排出を目の敵とするグリーン・ニューディール政策を打ち出しつつあることが追い風となっている。グリーン・ニューディールはラストベルトの労働組合(民主党最大支持基盤)が拒否感を示しており、民主党支持層の離反を招く可能性があるからだ。
更に、左派系のマイノリティ対策という観点から、フロリダやペンシルバニアなどの接戦州のユダヤ系有権者対策にも力を入れている。ユダヤ人は民主党支持者が多いが、エルサレム首都認定からユダヤ教の国認定まで大統領令を活用した親ユダヤ姿勢はユダヤ票の一定の切り離しに寄与することになるだろう。
以上のように、トランプ陣営の再選に向けた戦略は、2016年の選挙の拡張版とも言えるものだ。実際に、「Black Voices for Trump」「Latinos for Trump」「Democrats for Trump」などのキャンペーンが立ち上がっており、2016年と同様に接戦州での辛勝を念頭に置いた戦略と言えるだろう。
民主党側は候補者選びが混迷、7月の党大会までもつれ込む可能性も
トランプ大統領に対する対抗馬選びは混迷を深めている。最有力はバイデン元副大統領であり、依然として予備選挙における全米支持率1位となっている。対抗はサンダース、ウォーレン、ブティジェッジ、ブルームバーグの4氏である。サンダース氏は若者を中心に手堅いカルト人気、ウォーレン氏は一過性のブームが過ぎて失速気味、ブティジェッジ氏はアイオワ・ニューハンプシャーなどの予備選序盤州で善戦し、ブルームバーグ氏は絶大な資金力を誇る。
この中で本命バイデンに対するシンデレラストーリーがあり得る対抗馬はブティジェッジ・サウスベント市長だろう。37歳、LGBT、アフガン経験、マッキンゼー、などの特徴を持ち、更にバイデンを上回る資金調達力を有している。選対関係者にはオバマの影がチラつくこともあり、予備選挙序盤州勝利で勢いが増し、弱点であるアフリカ系有権者が多いサウスカロライナ州で善戦できれば十分に可能性がある。(市長1期目のアフリカ系とのディスコミ及び敬虔なアフリカ系キリスト教徒からLGBT反発で同州で苦戦する見通しがあるため。)
一方、左派系のサンダース氏、ウォーレン氏は豊富な小口献金に支えられて継戦能力を確保している。この小口献金とはActBlueというネット献金プラットフォームを経由してもたらされる1人平均3000円程度の左派系有権者からのマネーのことだ。同サイト経由の献金額は2年後の選挙の度に倍増傾向にあり、左派系候補者2名は支持率の伸びが思わしくなくても予備選挙最終盤まで資金が続くことになる。
したがって、有力候補者の撤退が円滑に行われない場合、予備選挙で過半数のポイントを獲得する候補者が現れず、勝負は7月の党大会における決選投票までずれ込むことにになるかもしれない。この場合はエスタブリッシュメントが支持するバイデン氏が有利であるが、ブティジェッジ氏ら他候補者がラストベルトにおいて圧倒的な実力を示していればどんでん返しもあり得る面白い展開だ。
「経済のトランプ大統領」VS「アイデンティティの民主党」の戦い
以上のように、トランプ大統領は、経済実績を強調しつつ鍵となる有権者グループの切り崩しに力を注いでいる。通常の場合、好景気下の大統領の再選は順当な予測と言えるだろう。さらに、現在、共和党側は下院の過半数を奪取することも念頭に置いて活動している。
しかし、今回は前述のAct Blueを含めた選挙技術の進化が「待った」をかけることも想定するべきだ。民主党は左派系マネー増加で資金力を強化しており、2018年の中間選挙では接戦選挙区の共和党現職議員に対して、民主党新人候補者が資金力で上回る現象が発生した。(共和党は下院で過半数を失っている。)
これらのマネーは大統領選挙においても民主党系支持組織を活性化し、その支持者を選挙に動員できる潜在的な力を秘めている。民主党側のキャンペーンはMe Too運動を始めとしたアイデンティティ政治を先鋭化させる手法を取っている。それらの影響を受けた層がトランプ政権による経済的恩恵よりもアイデンティティ政治を優先する場合、一気にトランプ再選の流れは怪しくなっていくだろう。
その場合、我々は民主党が大統領だけでなく上院・下院の全てを支配する「トリプルブルー政権」が誕生することもあり得る。実際、そのような事態に陥るか否かを予測するためには、全米各州世論調査状況と民主党側予備選挙参加人数増減に注目し、民主党側の勢いが実際にどの程度のものであるかを半年かけて精査する必要があるが、その可能性は十分に考慮に値する。
中西部ラストベルトなどの接戦州の動向はもちろん、共和党の金城湯池である南部サンベルトにも勝敗が揺らぐバトルフィールが拡がりつつある中、トランプ政権と民主党がどのような一手を打ち出すのか。その一挙手一投足から目を離すことはできない。