米国によるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害事件に続き、イランの防空ミサイル誤射によるウクライナ航空機撃墜事件という悲劇が起こった。最初の否定から一転、自国誤射を認めた体制への、イラン市民抗議デモが拡大し、トランプ米大統領もそれに支援をツイートする“悪乗り”ぶりだ。
イランと米国の対立構図が飛び火したこの悲劇の陰で、あまり表に出てこないのがロシアだ。防空ミサイルはイランが購入したロシア製だし、歴史的にも現ロシアと前身の旧ソ連は、イラン隣国として大きなかかわりが続いてきた。
1979年のテヘラン米大使館人質事件では、包囲したイラン学生側リーダーの一人とのうわさも流れたほどの強硬派イランのアフマデネジャド前大統領(在2005年〜2013年)だったが、ロシアのプーチン大統領とは緊密な関係で有名だった。このアフマデネジャド氏は技術者出身で、核開発の推進者でもあった。しかも大統領になる前は、イラン西アゼルバイジャン州での政治活動歴が長いという。
このアフマデネジャド氏に縁の深いイランの西アゼルバイジャン州と、東アゼルバイジャン州は、旧ソ連から分離したアゼルバイジャン共和国と歴史的には対をなす、人為的に国境が出来たエリアだ。カスピ海域に近く、帝政ロシア時代からイランとは交易ルートだった。
また王朝が興亡したペルシャとイランだが、1979年の革命で崩壊した最後のパーレビ朝は、エジプトで亡命死したレザ・パーレビ国王の父が興した。その父とは、帝政ロシア時代の有名なコサック軍団にならう「ペルシャコサック」旅団の将校だった。それほどイランと隣国のロシア(旧ソ連)は、表裏一体の面がある。
核開発問題にもロシアの影響が大きい。2015年にイラン核合意が、イランと米英仏独中ロの間で結ばれた。だが制限付きでも核開発が継続できることや、弾道ミサイル開発の制限はなく、米国は2018年合意から離脱、イランへの制裁を再開した。これにイランが一部履行停止を宣言、 紛糾が続いている。欧州連合(EU)もこの10日の緊急外相理での核合意維持で一致している。イランに合意順守を求める一方で、合意解消は最終的に避けられないとのEUの空気もみえる。
米国は、イランの核・ミサイル開発などを厳しく封じる新合意に向け、英仏独中ロにも離脱を要求する圧力を継続している。ロシアのプーチン大統領は11日、ドイツのメルケル首相とモスクワで会談し、この多国間合意の維持が重要だとの認識で一致している。
ポーランド系の血を引くメルケル首相は、歴史的に交易があった黒海沿岸国のウクライナを始め、カスピ海域まで、現代のドイツの命運を握る天然ガスパイプライン・ルートを重ね、非常に関心が強い政治家だ。またEUでも西欧各国は表面では強硬姿勢でも、内心はイランに親近感を持つ国が多いのを、わたしはEU本部のあるベルギー・ブリュッセルでの取材で体感した経験がある。
イラン核開発問題ではパーレビ国王の時代のイランは米国一辺倒で、原子炉など核平和利用施設は米国から導入された。しかし、ホメイニ革命後にはその原子炉施設運営も、大きく旧ソ連と後継ロシア側にかじを切った。米国製兵器類もロシア製と替わっている。まさにそのロシア製最新防空ミサイルで、イラン人、イラン系カナダ人多数が乗ったウクライナ航空機が、イランの誤射で撃墜される悲劇となったのだ。
米国から導入された実験炉施設について、イランは1968年に核拡散防止条約(NPT)に調印。1970年に批准し、国際原子力機関(IAEA)の監視対象に組み込まれた。1976年、フォード米大統領はプルトニウム再処理施設をイランに提供する協定に調印、ゴーサインを出している。だが、最高指導者となったホメイニ師は「悪魔の火」を嫌った。
しかしイラン核開発はイラン・イラク戦争(1980〜1988年)時に研究再開、1989年の最高指導者ホメイニ師の死後、ロシア国営原子力企業援助で最初の原発ブーシェフル第1原子炉が完成し、これは2011年に公式に稼働した。アフマデネジャド大統領在任期間 と一致する。プーチン・ロシア大統領との緊密な関係の延長線でのことだろう。
激動する中東情勢のなかで原油大国イランを、日本ではアラブ世界の一部と混同する向きが多いが、イランは、古代ギリシャ・ローマと対になる南西アジアでの悠久の歴史のある大国ペルシャの末裔だ。長い歴史のなかで培ったイラン外交術を読み取るのは、単純な日本、また西欧諸外国にとっても至難のわざだろう。大統領選を控えた超大国米国のトランプ大統領も手玉に取られることがあるかも知れない。
山田 禎介(やまだていすけ)国際問題ジャーナリスト
明治大卒業後、毎日新聞に入社。横浜支局、東京本社外信部を経てジャカルタ特派員。東南アジア、大洋州取材を行った後に退社。神奈川新聞社を経て、産経新聞社に移籍。同社外信部編集委員からEU、NATO担当ブリュッセル特派員で欧州一円を取材。その後、産経新聞提携の「USA TODAY」ワシントン本社駐在でUSA TODAY編集会議に参加した。著書に「ニュージーランドの魅力」(サイマル出版会) 「中国人の交渉術」(文藝春秋社、共訳)など。