2月14日、自民党のルール形成戦略議員連盟(甘利明会長・中山展宏事務局長)が、提言「デジタル人民元への対応について~通貨安全保障の視点から」をまとめ、政府に申し入れを行った(参照:ブルームバーグ)。
その主な内容は、中国が進めているデジタル人民元はインフラ投資・アウトバウンド投資を通じてアフリカ・太平洋島嶼国に広がっていくものと考えられ、通貨安全保障の観点から、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の実用化を米国・欧州と共に日本がリードしていくべき、というものである。
確かに、中国のデジタル人民元は一帯一路の経済圏の中で標準になる可能性が高く、実際に中国もそれを見据えて開発を進めているのであろう。一帯一路の域内にある途上国では未だに銀行口座を持たない人々も多く、彼ら/彼女らに金融サービスへの容易なアクセスを保障するデジタル通貨があれば、それが爆発的に普及する可能性は高い。
人民元の国際的な取引量シェア(約2.2%)が、米ドル(約44.2%)、ユーロ(約16.2%)、円(約8.4%)に対して後れを取っている中、デジタル人民元がそうした地位を獲得するのであれば、中国は通貨・決済の分野でも覇権に近づくこととなり、日米欧が連携の上でこれに対する何らかの対応をとることが必要との考え方は大いに理解できる。
各国の連携の具体的な表れが、日欧中央銀行の共同研究である。本年1月、日銀・欧州中央銀行・イングランド銀行・スウェーデン中央銀行・スイス国民銀行・カナダ銀行の6中央銀行及び国際決済銀行(BIS)が、デジタル通貨の発行を視野に入れた共同研究を開始すると発表が為された。
これには米国のFRBは参加しておらず、中国への対抗を前提にした際に米国との協調は不可欠との考え方から、日本が米国と欧州の橋渡しの役割を果たすべきことが、議連の提言でも触れられている。
しかし、デジタル通貨分野での各国の連携はそう容易なことではない。そもそも、各国独自のデジタル通貨に関しても、技術的な運用可能性やセキュリティ上の問題、費用対効果の観点等、導入に向けてクリアすべき課題は多く、研究や検証は進めるものの、FRBや日銀を含めて、実際の導入に関しては慎重な姿勢を崩していない中銀が大半である。
これが各国デジタル通貨間の連携となれば、対象サービスの範囲設定や技術的な互換に係る問題、相互運用に係る規制の在り方等、乗り越えなければならないハードルは極めて高くなるというのが一般的な見方であろう。
中国のデジタル人民元自体もどのような運用が為されるのか未だ明らかではないが、仮に、上記のような途上国の人々の金融サービスへのアクセスを保障するような運用が為されることを想定すると、これに対抗するには、つまりは一般消費者の決済レベルで使用できる国際的なデジタル通貨が必要ということを意味する。日米欧の各国共通のデジタル通貨発行が現実的ではない中、選択肢は二つ考えられる。
一つは、やはり米ドルのデジタル化である。デジタル人民元が、リアルの世界で取引量が他の通貨の後塵を拝する人民元の地位をデジタルの世界で引き上げようという試みであれば、それに対抗するには、リアルの世界の基軸通貨であるドルのデジタル化が最も効果的である。
FRBは、デジタル・ドルの研究を既に行っており、他国の中銀とも連携していることを明らかにしているが、あらゆる分野において中国の覇権志向を注視する米国として、これは当然の動きと言えよう。今回の議連の提言も、要するにドルのデジタル化に向けて米国の背中を押すのが真意であると考えられる。
もう一つは、日米欧でも中国でもない、他のプレイヤーによるデジタル通貨の普及を促すことである。昨年、カンボジア国立銀行はデジタル通貨「バコン」の計画を発表し、本年中にはこれが実際に発行される見込みである。カンボジアでは15歳以上の国民の78%が銀行口座を保有しておらず、デジタル通貨の発行によって、そのような人々に対して、まさに上記のような金融サービスへのアクセスが提供されることとなる。
「バコン」は日本のブロックチェーン企業「ソラミツ」が設計を担当しており、米ドル及びカンボジア通貨リエルと紐づいている。つまり、これが普及することは、カンボジアにおいてデジタル人民元の影響力を削ぎ、日米のプレゼンスを上げることにつながる可能性が高いのである。
日米政府としては、このような戦略性を持ってこのプロジェクトを支援していくべきであるし、これをモデルケースとして、他の途上国に同様の取り組みを広げていくことを真剣に検討してもよいと言える。
ちなみに、フェイスブック・リブラに関しては、FRBはじめ各国の中銀は概して否定的なスタンスであるが、国境を越えた送金・決済においては、一国の法定通貨ではない、国際的な金融・決済ツールが消費者の利便性を高くすることは確かであろう。
セキュリティやプライバシー、金融の安定性等の面で、既存の金融機関とのバランスから様々な規制の枠組みを考えねばならないことは当然だが、上記のような国際戦略上の観点から、ルールの枠内でその普及を促すという姿勢も選択肢としてあり得るのではないかと考えられる。
デジタル通貨は極めて新しい領域であり、検討されるべき課題が山積している。その導入と活用について探るには、国際関係レベルにおける戦略性、国家レベルにおける運用可能性、個人レベルにおける利便性、といった各要素を勘案の上、幅広い視野から比較衡量が為されなければならない。
蒔田 純(まきた・じゅん)弘前大学教育学部 専任講師
1977年生。政策研究大学院大学博士課程修了。博士(政策研究)。衆議院議員政策担当秘書、総務大臣秘書官、新経済連盟スタッフ等を経て現職。jun.makita.jun@gmail.com