北朝鮮の新任大使、IAEAを重視か

駐オーストリア北朝鮮大使兼ウィーン国際機関北朝鮮政府全権大使に北朝鮮外務省北米局副局長の崔ガンイル(Choe kang il)氏が今年3月14日付で任命されたことが明らかになった。前任者は金光燮大使(金敬淑夫人は故金日成主席と故金聖愛夫人の間の娘)で、金正恩朝鮮労働党委員長の叔父に当たる。ちなみに、オーストリア外務省公式サイドでは4月5日現在、崔大使がファン・デア・ベレン大統領に信任状を提出していないことから「次期大使」と記述されている。

▲駐オーストリア北朝鮮大使に就任する崔ガンイル氏(UPI通信公式サイト、3月17日)

崔ガンイル次期大使はシンガポール(2018年6月)とベトナムのハノイ(19年2月)で開催されたトランプ米大統領と金正恩委員長間の米朝首脳会談や、昨年秋のスウェーデンで開かれた米朝実務交渉にも参加するなど、北の対米交渉の専門家だ。その次期大使が国際原子力機関(IAEA)の本部があるウィーンに就任したことから、北は近い将来、IAEAに再加盟する意向があるのではないか、といった憶測が流れている。

崔ガンイル次期大使の最初の仕事は欧州連合(EU)加盟国のオーストリアとの関係強化を通じてEUの対北制裁解除を模索することだが、同時に、中国元財務次官の李勇氏が事務局長を務める国連工業開発機関(UNIDO)との関係強化、脱退したIAEAへの復帰、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)の加盟問題などが控えている。その中でも、非核化問題に絡んでIAEAとの関係が注目される。

北朝鮮は1992年1月30日、IAEAとの間で核保障措置協定を締結した。IAEAは93年2月、北が不法な核関連活動をしているとして、北に「特別査察」の実施を要求したが、北は拒否。その直後、北は核拡散防止条約(NPT)から脱退を表明した。翌94年、米朝核合意が一旦実現し、北はNPTに留まったものの、ウラン濃縮開発容疑が浮上すると、2002年12月、IAEA査察員を国外退去させ、その翌年、NPTとIAEAから脱退を表明した経緯がある。

そして2006年、6カ国協議の共同合意に基づいて、北の核施設への「初期段階の措置」が承認され、IAEAは再び北朝鮮の核施設の監視を再開したが、北は09年4月、IAEA査察官を国外追放。それ以降、IAEAは北の核関連施設へのアクセスを完全に失い、現在に至る。IAEAは過去11年間、北の核関連施設へのアクセスを完全に失った状況が続いている。

その間、北朝鮮は核開発の能力を急速に発展させ、2006年10月に1回目の核実験を実施し、17年9月3日には爆発規模160ktの6回目の核実験を行っている。北は核保有国の認知を要求し、核計画をもはや放棄する考えのないことを何度も強調してきた。

ちなみに、IAEA査察局は17年8月、北の核問題検証専属のチームを発足させた。故天野之弥事務局長の説明では、同チームの発足目的は、①北朝鮮の核関連施設へのモニター能力の向上、②最新の検証履行を維持し、査察官が北に戻ることが出来た場合を想定し、その準備を怠らず、検証技術や機材を確保することだ。天野氏は当時、「北朝鮮は国連安保理決議やIAEA理事会決議を速やかに履行すべきだ」と重ねて要求する一方、「IAEAは政治情勢が許せば、北で査察活動が再開できるように常に準備態勢を敷いている」と述べてきた。

北がIAEAに復帰し、IAEA側の査察を受け入れるとしても、米国や中国の核保有国と同様、核の軍事活動施設の査察を受け入れる可能性はないから、核エネルギーの平和利用の分野に限定される。もしくは米朝間で進められる北の非核化の検証をIAEAが担当することで、北がIAEAと関係を回復する道がある。後者の選択肢が現実的だ。

北の非核化に関する米朝交渉は目下、停止状況だ。トランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党委員長との2回目の米朝首脳会談が昨年2月27、28日の両日、ベトナムの首都ハノイで開催され、北の非核化問題が協議されたが、協議は決裂した。トランプ米大統領は、会談直後の記者会見で、米国が寧辺の核施設の廃棄だけではなく、「プラスアルファの非核化措置」を要求し、北側がそれを拒否したために協議は決裂したと明らかにした。

北は過去、非核化を認め、核関連施設の検証を受け入れた場合もIAEAの査察ではなく、米国の専門家による査察以外に認める考えはないと主張してきた。それでは、北側がIAEAとの関係を回復するとすれば、その狙いはどこにあるか。北側がIAEA査察員を受け入れれば、米国の対北制裁の緩和への道が開かれる、といった読みがあるはずだ。ただし、新型コロナウイルスの感染拡大や次期大統領選を控えているトランプ大統領にとって、北側と非核化交渉を進める時間的余裕がないから、北側と米国との本格的な交渉は21年になってからと考えて間違いないだろう。

北朝鮮は昨年12回の弾道ミサイルを発射している。東部の元山の海上から潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3型」を発射し、「超大型放射砲(多連装ロケット砲)」を2発発射した。今年に入り、3月には4回、短距離ミサイル、超大型放射砲の発射を繰返したばかりだ。金正恩氏に残された冒険は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)やSLBMの開発、発射だけだ。

米朝交渉専門外交官の崔ガンイル次期大使がウィーンに着任すれば、北とIAEAの関係回復問題だけではなく、米朝実務交渉が進められる可能性も出てくるかもしれない。いずれにしても、IAEAの本部があり、CTBTO暫定技術事務局があるウィーンは、核問題を協議するうえで格好の外交舞台だ。米朝交渉で鍛え上げてきた崔ガンイル次期大使の外交力に注目したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。