監査等委員会の「抜かずの宝刀」ついに抜かれる!天馬社の株主総会人事案に意見陳述権行使

公益通報者保護法の改正法案が、いよいよ6月3日から参議院で審議入りとなり、同日に開催された委員会では参考人意見陳述と質疑が行われました。2時間20分の審議を中継で拝見しましたので、また来週にでもその感想を述べたいと思います。

天馬株式会社(天馬社HPから)

さて、4日のベトナム系ニュースによりますと、天馬社の外国公務員贈賄事件について、ベトナム当局が遂に動き出したことが報じられています(日本側に情報提供を要請している、とのこと)。日本における捜査当局の動きは不明ですが、株主総会を目前にして、経営陣の皆様は本当に厳しい状況と拝察いたします。

そして「厳しい状況」といえば、天馬社の経営陣にとっては、支配権争いを繰り広げる大株主(創業家元名誉会長側)との関係も厳しさを増しております。4日、大株主側のHP(天馬のガバナンス向上を考える会)に、天馬株式会社の監査等委員会による報道発表資料が開示されました。その後、深夜には会社側から「当社監査等委員会に関する一部報道について」と題するリリースが出され、意見陳述権を行使した当社監査等委員会の行動には中立性・公正性に疑義がある、との主張が示されました(こちらもぜひ参考にしていただきたく)。

なるほど、6月2日付けの監査等委員会による報道機関向けのリリースがメディアに投げ込まれていたことから、日経新聞の報道が先行していたわけですね(誰かが秘密裏に情報を記者にリークしていたのかと思っておりました)。しかし監査等委員会が報道機関向けに資料を提供する、というのはかなり異例です。おそらく会社側の開示姿勢に疑問を抱いておられたのではないかと。

上記資料(会社側リリースを含めて)を読みましたが、先週木曜日(5月27日)のエントリー「天馬社の経営権紛争-注目される監査等委員会の動向」で予想していたとおり、天馬社の監査等委員会(取締役監査等委員3名で構成)は、6月の定時株主総会に現経営陣(会社側)から上程される取締役選任議案に対して、創業家出身者を含む候補者3名の「選任は不適切」とする意見(意見の内容の概要)を示しました(会社法342条の2第4項、会社法施行規則74条1項3号。なお、陳述については、監査等委員会が選定する監査等委員が株主総会にて行うことになります)。

6月3日の日経新聞朝刊記事でも報じておりましたが、1000社を超える上場会社の監査等委員会が、会社側取締役選任議案において「会社側が推薦する取締役候補者は不適切」とする意見を陳述するケースは初めてであります。まさに「抜かずの宝刀」が遂に抜かれましたね。監査等委員会のリリースを読みますと、監査等委員会が「不適切」とする意見と並べて、取締役会側の意見(監査等委員会の意見への反論)も詳細に開示されていることが注目されます。監査等委員会が「一枚岩」ではないこともリアルに開示されています(3名のうち1名の監査等委員は意見陳述に反対意見)。

しかしファンドさんが現経営陣側に与しているとはいえ、会社側が深夜に開示したリリース内容を読みますと、現経営陣としては、社外の敵対する大株主だけでなく、社内の監査等委員会の動きにも配慮しないといけない、というのは、たいへんな状況です。取締役会側からも「監査等委員会は中立・公正な立場で意見を述べておらず、極めて遺憾である」とのリリースが出され、その根拠事実も示されていますので、あまり事実関係の真偽には踏み込まず、監査等委員会制度に関心のある者として、以下の点だけコメントさせていただきます。

まず「監査等委員会」というのは指名委員会等設置会社に準じた機関形態である、という「会社法の建付け」から、本当は「絶大なる権限を持っている」という点です(たぶん1000社を超える上場会社の経営者の方々は、そういったことを知らずに移行しているものと思います)。さらに、監査役制度と異なり、組織的監査が原則なので、今回のように2:1で意見が分かれてしまった場合には、その少数側の監査等委員の意見はどこにも反映されない、ということになります。したがって会社が有事に至った場合の監査等委員会の行動を止めることは、かなりむずかしい。つまり取締役会からすれば「けしからん」と言えるかもしれませんが、いっぽうで監査等委員会からも「取締役会はけしからん」と堂々と言えることになります。監査等委員会からすれば、取締役会から「君たちの委員会活動を報告しろ」と言われても、「は?そっちから我々の権限行使のために報告しろよ」と反論できるわけです。

以前、こちらのエントリーにてご紹介した神田秀樹先生のご論文(「会社法・金商法 随想-立法事実からみる、近況・課題その1-上場会社の期間設計と監査等委員会設置会社」判例時報2020年1月11日号 №2425号 4頁)でも述べられているとおり、実は取締役会の妥当性監督、妥当性監査の権限と、監査等委員会の妥当性監督、妥当性監査の権限の振り分けというのはよくわかっていないし、これまでもあまり整理して議論されてきませんでした。本件では取締役会の意見と監査等委員会の意見が真っ向からぶつかった実例であり、こういった議論を真剣にしなければならないことがわかります(なお、最新の神田秀樹著「会社法(22版)」267頁以下でも、取締役会と監査等委員会との権限の割り振りに関する問題-難問?が解説されています)。

日ごろは監査等委員会の経営評価機能(取締役人事や報酬に対する意見陳述権)はそれほど目立たないものの、このたびの天馬社のように「まさに会社が有事の場面」であれば、監査等委員会は前面に出る必要があると思いますし、むしろ意見陳述権を行使することが監査等委員である取締役の善管注意義務の実践場面だと(私的には)考えております(監査等委員会設置会社に任意の指名・報酬諮問委員会が存在する場合には、もっと複雑なことになりますが、とりあえずこれは私個人の見解です)。指名委員会等設置会社の場合は、指名委員会しか役員指名権を持たないわけで、これに準ずる立場にあるとすれば、かなり取締役会に対してモノが言えると考えるべきでしょう。

なお、本事例においては、監査等委員会の意見陳述権ばかりが注目されているように思われるかもしれませんが、天馬社の監査等委員会は、意見陳述権のほかに、取締役の責任追及委員会を設置し、さらには会社法344条の2第2項に基づき、監査等委員である新任の取締役選任議案を(取締役会に請求したうえで)上程している点にも注目したいところです。同社の監査等委員会は、会社法が監査等委員会に期待しているところを、そのまま実施している点において評価できますし、他社の監査等委員会を構成する取締役の皆様にも(会社の有事には、ここまでやるべきではないか・・・という意味において)参考になるのではないかと。

さて、このような監査等委員会の活発な活動、および大株主・会社双方の主張を前にして、今度は天馬社の株式を保有する機関投資家の方々の動向が注目されます。ご承知のとおり、今年3月にスチュワードシップ・コードの再改訂版が施行され、金融庁のHPを確認しますと、すでに多くの機関投資家が、当該再改訂版を遵守することを宣言しています(宣言期限は9月末まで)。ということは、会社側、大株主側どちらの取締役候補者にマルをつけるのか、その結果だけでなく判断理由まで開示されることになります(もちろん、機関投資家は、議決権行使場面のすべてにおいて理由を開示するわけではありませんが、これだけ注目される案件なので、間違いなく判断理由は開示されるでしょう)。

国内外の大手機関投資家の場合、短期的な利益よりも責任投資、つまり中長期の持続性を重視して議決権行使に及ぶことが考えられますが、いったいどのような事実を重視して、どのような判断基準に基づいて賛否を決定するのか、今後の責任投資の在り方を占ううえでも大きな試金石になる予感がします。自動車メーカーのグローバル展開には欠かせない商品を製造する天馬社なので、おそらく国内需要よりも海外需要に今後の業績は依存することになるはずですから、海外展開する企業として、何が不可欠なのか、ぜひ多くの機関投資家の判断理由を聞いてみたいものです。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。