東京都は、6月11日に4月の死亡者を1万107人と発表しました。これは過去4年間の平均を12%上回る数字で、1,000人程度の「超過死亡」が生じている可能性もあります。4月の新型コロナによる死亡者は105人と発表されていますが、全体の死亡者数が大幅増となったので、本当はもっと多いはずだというのです。
マスコミ各社は、こぞって追随しました。特に目立ったのが日経の翌12日の記事で、「特定警戒」地域だった13都道府県のうち、11都府県で同じような超過死亡があったと報じています。
はたして、新型コロナの死亡者数は、本当は政府や都の発表よりずっと多いのでしょうか。複数のデータを追っていくと、全く違った結果が見えてきます。
データをクロスチェックした結果
国内の新型コロナウイルスのデータとして、最も信頼性が高いとされているのは国立感染症研究所の調査報告です。同研究所では、週次でインフルエンザ・肺炎のデータを公開しています。
東京の最新データを見てみましょう。超過死亡が新型コロナだとすると、死亡のピークは2019年12月から2020年2月中旬までとなります。最初に紹介したブルームバーグの記事によると、2月より3月の方が死亡者が増えているのですが、国立感染症研究所のトレンドではそういう様子は見られません。
このことは、日経の記事のデータを分析してみるとはっきりします。
仮に、特定警戒地域だった13都道府県の超過死亡の大部分に新型コロナの死亡が「含まれる」とすると、この数字は公表された新型コロナの死亡者に比例するはずです(A)。つまり、超過死亡が多い都道府県は、新型コロナの死亡者が多くないとおかしいことになります。
逆に、特定警戒地域だった13都道府県の超過死亡に新型コロナの死亡が「含まれない」なら、この数字は公表された新型コロナの死亡者とは関係ありません(B)。つまり、超過死亡が多い都道府県の数字は、新型コロナの死亡者数とは関係ないことになります。
グラフのイメージはこうなります。青い点が実データで、赤い実線がトレンドを表す直線(回帰直線)です。
実際に計算した結果はこのとおりです。
どう見てもこれはBです。
このように、現実のデータを素直に解釈すると、特定警戒地域だった13都道府県の超過死亡には、新型コロナの死亡は「含まれない」ことになります。国立感染症研究所の報告が指し示すとおりなのです(注)。
では、4月の「超過死亡」が増えたのが新型コロナのせいではないとすると、どんなことが考えられるのでしょう。
新型コロナを指定感染症とした功罪
理由は単純です。
新型コロナは「指定感染症」なので、他の感染症より極端に現場の負担がかかります。保健所に詳細な「全件報告」に加え、感染症指定医療機関への「入院」が必要なため、貴重な医療資源の大部分が振り向けられ、結果的に他にしわ寄せが行くことになってしまうのです。
そんな深刻な実例を少しだけ紹介しておきます。
新型コロナの死者がゼロの福島県でも、郡山市では4月に救急搬送が昨年と比べて30%ほど減少しました。地元紙の福島民友の記事(5月24日付)によると、「交通事故減少でけが人が少なくなった」「軽症者が119番通報を控えた」といった現象も起きているそうです。具体的な内容は次のとおりです。
「救急搬送の件数が減る一方で、患者を搬送する病院が決まるまでの時間は長くなった。救急隊員が現場に到着してから搬送先が決まるまでに30分以上かかった件数は250件で、昨年同期比で153件増えた。」
「救急係主査の秋元瑞穂さんは「病院側が患者の新型コロナウイルス感染の疑いを確認するため、発熱や呼吸苦などの症状を詳しく聞き取るのに時間を要したことが背景にある」と話す。」
「救急隊員は、搬送する人の感染が疑われる場合、ガウンやゴーグル、サージカルマスク、手袋などを装着し業務に当たっている。」
現場に相当な負担がかかっていることがわかります。
東京都の場合は、
「2020年4月中にこの東京ルール(「5ヵ所の病院から受け入れ拒否」または「20分以上搬送先が未定」)に該当した事案は2,365件に上ったとのこと。これは昨年同時期(582件)の約4倍に相当します。」みんなの介護ニュースより
東京消防庁の救急出動回数を調べてみると、昨年比で1割減となっています。これは6月14日までの数字ですから、4月は郡山市と同じで3割減ぐらいにはなっているでしょう。
昨年4月の出動回数は約6万件なので、3割減だと約4万件になります。このうち2,400件弱が「5ヵ所の病院から受け入れ拒否」または「20分以上搬送先が未定」となりました。この2,400件は、新型コロナや肺炎が疑われる重症でしょうから、現場が混乱するだろうことは容易に想像できます。
全国的にも同じような感じで、
「4月20日から1週間で「少なくとも3か所の医療機関に受け入れを拒否され、かつ搬送先が30分以上決まらなかった」ケースは、前年同期比91%増となる1,656件」みんなの介護ニュースより
となっています。調べてみると、死亡者がゼロの福島県でも、感染者がゼロの岩手県でも状況は似たり寄ったりのようです。また、新型コロナの感染を危惧して、高血圧や糖尿病のような生活習慣病患者が通院しない事例も多数報告されています。
つまり、4月にどういうことが起きたかというと、
- 東京では、救急搬送の約2,400件が「5ヵ所の病院から受け入れ拒否」または「20分以上搬送先が未定」
- 全国的にも、救急搬送で「少なくとも3か所の医療機関に受け入れを拒否され、かつ搬送先が30分以上決まらなかった」ケースが倍増
- 死者がゼロの福島県でも、感染者がゼロの岩手県でも、救急出動回数は3割減
- 高血圧や糖尿病のような生活習慣病の人が病院に行かない事例が多数
確かに、これだけの悪条件が重なったなら、4月に「超過死亡」が増えても決して不思議ではないでしょう。
しかし、新型コロナを「指定感染症」としたため、ある程度は許容するしかありません。ただ、現場でこういうことが起きている以上、何らの見直しが必要になってくると思うのは私だけではないでしょう。厚労省の今後の対応に期待したいと思います。
(注) 公式発表が信用できないというなら、超過死亡の数字も含めて全く何も言えないことになります。