ボルトン氏のトランプ評は正しいか

独週刊誌シュピーゲル最新号(7月18日号)はジョン・ボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)とのインタビューを掲載していた。ボルトン氏は自身の回顧録の中でトランプ米大統領を厳しく批判している。その著書名「それが起きた部屋(The room where it happened)」にも表示されているが、同氏はトランプ大統領の最側近の1人として大統領の言動を間近で目撃してきた人物だ。それだけに、同氏のトランプ評は無視できない。そこでボルトン氏が独誌とのインタビューの概要を読者に紹介する。

▲ボルトン氏の回顧録「SUMMARY of The Room Where It Happened By John Bolton」(アマゾン公式サイトから)

ボルトン氏は「トランプ・ドクトリンなど存在しない。トランプ氏は朝語った内容を夕方には変えてしまう人物だ。彼の最大の関心事は11月の大統領選で再選することだ」と強調、トランプ氏の再選の可能性については、「世論調査では対抗候補者(ジョー・バイデン前副大統領)の後塵に甘んじているが、2016年の大統領選でも、トランプタワーの選挙中央事務所関係者ですら、トランプ氏の勝利を信じていた人はいなかった」と説明し、「トランプ氏の再選は十分考えられる」と予想する一方、再選した場合、トランプ氏はこれまで以上に独裁的な政治スタイルとなるだろう」と語った。

ボルトン氏はトランプ氏との関係で苦慮する欧州側について、「トランプ氏は異常な人物と受け取るべきだ。トランプ氏には緊密な政治はない」と助言する。トランプ氏は欧州連合(EU)の盟主ドイツのアンゲラ・メルケル首相をタップダンサーと評するなど、メルケル首相との関係も良くない。ボルトン氏は、「トランプ氏の父方がドイツのルーツだということもあるかもしれないが、トランプ氏は女性指導者との会見が難しいそうだ。メルケル首相だけではない。テリーザ・メイ英首相(当時)との関係でもそうだった」と説明し、トランプ氏の意外な側面を明らかにした。

そのうえで、「私の印象だが、トランプ氏にとって同盟国の民主国指導者より、独裁的な指導者のほうがケミカルが合うのだ」と指摘し、その理由について、「トランプ氏には基本的な政治哲学が欠けているからだ。彼は共和党員でもないし、リベラルな民主党系でもない。あるのは個人の利益に結び付く人間関係だ。それを国益と勘違いしている」という。共和党主導の4つの政権で過去、指導的な役割を果たしてきたボルトン氏は、「共和党は2度とトランプ氏のような人物を大統領にしてはならない」と警告する。

北大西洋条約機構(NATO)の欧州加盟国の責任、ドイツがロシアとの間で進めている「North Stream パイプライン計画」については、ボルトン氏はNATO加盟国に軍事支出の増額を要求するトランプ氏を支持、パイプライン建設計画では「欧州はロシアのエネルギーに依存する危険性がある」と強調し、ドイツ側の再考を要求している。

「トランプ氏が再選された場合、トランプ氏はNATOから脱退する可能性は考えられるか」との質問に対し、ボルトン氏は、「予想することは難しい。現時点ではトランプ米政権は中国と正面でぶつかっている。しかし、再選すれば、トランプ氏は習近平国家主席と会見し、米中貿易問題の交渉を再開するだろう」と述べ、トランプ氏の政策は政権関係者ばかりか、世界の全ての国の指導者にとって、前もって計算できないものだという。

ちなみに、ボルトン氏はNATOの将来について、「NATOは強くなければならない。欧州加盟国は米国から守られることを期待してはならない」と述べ、「NATOが長期的に成功するためには、スペインのホセ・マリア・アスナール元首相(在職1996~2004年)が提案していた『NATOのグローバル化』を実施し、日本、オーストラリア、シンガポール、イスラエルをNATO加盟国に迎えるべきだ」と述べてる。

トランプ氏のもと2018年4月から19年9月まで1年5カ月余り国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたボルトン氏の発言は無視できない。ベテラン外交官のボルトン氏の目はシャープだ。それだけに、トランプ氏の世界を理解することは他の側近より難しかったのかもしれない。

ボルトン氏自身が会見の中で述べていたように、トランプ氏には緻密な政治哲学がないからだ。タカ派の外交官ボルトン氏には外交世界とは無縁の世界からホワイトハウス入りした大統領は余りにも異質な政治家と感じたのだろう。

トランプ氏は既成の政治システムとぶつかることに躊躇せず、国益に合致しないと判断した場合は国際機関からも脱退してきた。「トランプ氏は敬虔なキリスト者か?」(2020年6月5日参考)というコラムの中で、「神が米国の大統領にトランプ氏を選んだとすれば、誤解を恐れずに言うと、トランプ氏はこれまでの世界の秩序を破壊できる人間だからではないか」と書いた。

新約聖書「ヨハネの黙示録」21章には、「新しい天」、「新しい地」が誕生するためには、「古い天」、「古い地」が先ず無くならなければならないとある。破壊者は必ず既成の世界、社会から激しい批判、抵抗に遭うだろう。ひょっとしたら、トランプ氏が第45代米大統領に選ばれたのは、彼が優秀で敬虔なキリスト者だからではなく、新しい世界を生み出すために古い世界を潰すデストロイヤーだからではないか。「トランプ氏には政治哲学はない」というボルトン氏の指摘は、その意味で正しいわけだ。拘るべきものが無いから、既成の政治秩序を躊躇せずに壊すことができるわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。