中国の腐敗の深刻さ:汚職・腐敗はなぜなくならないのか

政策提言委員・元公安調査庁金沢公安調査事務所長 藤谷 昌敏

本年5月、中国メディアは、「汚職摘発を強化しているにもかかわらず、昨年の汚職絡みの起訴件数が2倍近く増加したことが、最高人民検察院の検事総長の報告で明らかになった」と報道した。

最高人民検察院(最高検)は、国会に提出した年次報告書で、「昨年、汚職絡みの犯罪で起訴された人は、前年比90%増の18,585人、地方や中央で役職に就いていた元共産党幹部が関与したのは、雲南(Yunnan)省の元省長・秦光栄(Qin Guangrong)被告の収賄事件をはじめ16件もあった」と報告した。

習近平が国家主席に就任してから7年間、側近の王岐山を党中央規律検査委員会書記に据えて反腐敗運動を積極的に展開し、その結果、これまで処罰された公務員は、100万人を超えているとされる。

頼少民の記録的腐敗事件

そうした中、8月、大手国有企業「中国華融資産管理」の頼小民(Lai Xiaomin)元会長が、収賄・汚職・重婚の罪で起訴され、歴代新記録である膨大な収賄額が中国国内に大きな衝撃を与えた。賄賂総額は約17億8,800万元(約275億円)に上り、自宅に重さ3トンの現金や高級車を隠し持ったほか、愛人100人を囲い、さらに会社幹部を同郷の者で固めるなど、古代中国の王宮のような暮らしぶりだった。

中国・天津市(Tianjin)第2中級人民法院(地裁)で8月11日に開かれた初公判によると、頼被告は2008年から2018年にかけて、中国の金融当局・中国銀行業監督管理委員会弁公庁主任や中国華融資産管理の会長兼共産党書記などの要職を歴任し、その地位や職権を利用して、企業や個人から不正に金品を受け取っていたという。

頼被告の自宅からは2億7,000万元(約41億5,441万円)の現金がロッカーなどから見つかったが、さらにベントレー(Bentley)、メルセデス・ベンツ(Mercedes-Benz)、トヨタ・アルファード(Toyota Alphard)などの外車や高級腕時計、絵画、黄金なども隠していた。頼被告が会長を勤めた中国華融資産管理は不良債権を処理することが主業務だが、頼被告は証券、信託、投資、銀行、先物取引などの子会社を次々と設立して、愛人を幹部ポストに就任させ、自分の出身地の江西省(Jiangxi)瑞金市(Ruijin)出身者を多く登用するなど、経営は乱脈そのものだったという。

これまでに「収賄額のトップ」といわれていたのは、山西省(Shanxi)呂梁市(Lvliang)の張中生(Zhang Zhongsheng)元副市長だった。1997年から2013年にかけて石炭業の許認可で絶大な権力を握り「呂梁のゴッドファーザー」と呼ばれ、違法に10億4,000万元(約160億円)の資産を得たとして、2018年に死刑判決を受けているが、頼被告はその記録を大きく塗り替えた(東方新報)。

なぜ中国企業は腐敗するのか

頼被告の事件を見ると、現代中国でなぜ企業の腐敗が起こるのかが理解できる。その理由として次の3つの事由が挙げられる。

①頼被告は、「会長」「法人代表」「中国共産党書記」の主要な3役を独占していた。そのため、社内の監査部門である規律検査委員会書記は全く機能していなかった。
②中国の企業風土として、「権色交易(権力と色欲の取引)」が重んじられ、企業側が権力者に女性をあてがい、特別な便宜を図ってもらおうとする行為が現在も横行している。
③自分の身内として周囲を同郷人で固め、それ以外の人間を排除して、異論を封じ込めていた。

さらに歴史学者岡本隆司氏は、中国で腐敗が起きる必然性を歴史的に解き明かし、

科挙は、598年~1905年まで行われた官僚登用制度であり、制度自体は世界に例を見ない革新的な人材登用システムであった。科挙に合格した者は名声、権力、地位を手に入れ、一族とともに莫大な資産をなすようになったが、試験に偏重した結果、科挙に合格した官僚たちは、次第に俗事を卑しむようになり、社会問題の解決に無関心となって、詩や文学に勤しむことが美徳とされた。科挙に合格するためには、家庭教師がついて何年もかけて勉強する必要があり、優秀な子どもがいれば、一族ぐるみで支援した。一族全員の栄達利禄と財産保全という功利的な理由があったからである。そして、中国では、歳入・徴税をできるだけ少なくするのが善政とされ、中央から地方に派遣された正規の人員はごくわずかで、その下の吏員は正式な身分・地位をもたないため、生計を立てるためには手数料・賄賂を取り立てるしかなかった。

中国革命後、毛沢東は上下階層の一体化を目指し、「全員が貧しくなったことで一体化が実現する」という皮肉な結果となった。鄧小平の「改革開放」以後は、格差は再び増大し、国内の二元構造の上下乖離が進んでいる。上層は共産党員とその縁類、もしくは関連企業であり、下層は農民戸に代表される。激烈な受験競争を勝ち抜いて、一流大学に入り、海外留学して、中国共産党に入ることが「現代の科挙」である。

などと説明している(『腐敗と格差の中国史』)。

強化される習近平の反腐敗運動

中国共産党中央政法委員会は7月8日、

警察や検察、裁判所を統括する中央政法委は全国的な「教育整頓」キャンペーンを行う。陳一新秘書長は、北京の会合で、こうした取り組みは「喫緊かつ重大」な政治課題だと指摘し、がん患者の外科手術に例えて、「骨から毒をそぎ落とす」と述べた

と習近平総書記の新たな反腐敗運動が始まることを示唆する記事を同委員会のウェブサイトに掲載した。

この習近平の新たな反腐敗運動が具体的にどのようなものかは定かではないが、国有企業が巨額腐敗事件の温床になっている事実を踏まえれば、習近平自身の進退をかけるぐらいの気持ちで、国有企業に大鉈を振るう必要があるのではないだろうか。

腐敗社会は、不公平、不平等、格差がまかりとおる社会であり、政治経済の大きな不安定要因でもある。腐敗問題の根本的解決こそ、習近平の手腕を問う大きな試金石となるに違いない。

藤谷 昌敏(ふじたに まさとし)
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年8月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。