ウィーン銃撃テロ事件は避けられた

長谷川 良

4人が射殺され、多数が重軽傷を負ったウィーン銃撃テロ事件は、捜査が進むにつれ、少なくとも2回、避けられたチャンスがあったことが明らかになってきた。以下、報告する。

▲「ウィーン銃撃テロ事件」について記者会見に臨むネハンマー内相(2020年11月3日、オーストリア内務省公式サイトから)

事件の容疑者は20歳、北マケドニア系でオーストリア生まれ。2重国籍を有する。シリアでイスラム過激組織「イスラム国」(IS)に参戦するためにトルコ入りしたが、拘束された後、ウィーンに送還された。そして昨年4月、反テロ法違反で禁固1年10カ月の有罪判決を受けたが、刑務所でイスラム過激主義からの更生プロジェクトに積極的に参加し、年齢も若いこともあって同年12月5日に早期釈放された。

この時点で、オーストリア司法側は大きなミステイクを犯した。クルツ首相は3日、「容疑者が早期釈放されなかったなら、2日夜のテロ事件は起きなかった」と説明、法務省側の決定的ミスを指摘した。それに対し、アルマ・ザディッチ法相(「緑の党」)は「法に基づいて対応した。容疑者はイスラム過激主義から離脱するため更生プロジェクトに真剣に取り組む姿勢を見せていた」と説明している。20歳の若者は法務当局が提供した更生計画を巧みに利用したことになる。

次は、容疑者が今年7月、スロバキアで弾薬を購入しようとしたが、容疑者が武器保持証を所持していないことから拒否されたことが判明した。その直後、スロバキア内務省は7月23日、オーストリア内務省の「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)に容疑者の不法弾薬購入の件を通達し、警戒するように伝えている。しかし、BVTは9月10日にスロバキア側に対し、「弾薬を購入しようとした人物はイスラム過激派容疑で前科のある人間であることが判明した」と返答している。

スロバキア側の通達時点で、オーストリア側が容疑者の不法弾薬購入の件で容疑者を即拘束できたはずだ。残念ながら、オーストリア当局の怠慢もあって、容疑者はその後も自由に動き、2日夜の銃撃テロ事件が起きたわけだ。

ネハンマー内相は4日の記者会見で、「容疑者の早期釈放、弾薬の購入問題でのコミュニケーションの欠陥などについて、全容解明のため独立した調査委員会の設置を国家安全保障評議会に提案する」と述べたが、同委員会が実際、設置されるか否かは不明だ。クルツ政権の国民党、「緑の党」、野党の「ネオス」は設置を支持しているが、社会民主党と自由党は「調査委員会の独立性が維持できる保証がない」として態度を保留している。

以上、「ウィーン銃撃テロ事件」はかなりの確率で回避できたチャンスがあった。特に、スロバキア側からの通達での対応は致命的なミスだ。

ネハンマー内相は、「スロバキア当局からBVTに連絡が入った段階で、その情報を法務側に通達すべきだった。ただし、BVTはキッケル内相時代、内部捜査を受け、外国情報機関との連携にも支障が生じたが、その状況は今も続いている」と述べ、キッケル前内相のBVTへの攻撃で崩壊状況にあったという。

(極右「自由党」は野党時代、治安関係者から監視され、さまざまな妨害を受けてきた。国民党と連立政権を樹立した後は内務省を掌握し、BVTの内部調査に乗り出していた)

ちなみに、自由党のキッケル前内相は、「BVTは容疑者を24時間、監視していたはずだ。そして3日早朝、容疑者の自宅などウィーン市内のイスラム過激派拠点を一斉捜査する計画だった。容疑者はその情報をBVTの内部関係者から聞き、テロの実行を2日夜に変更したのではないか」と述べている。ネハンマー内相は、「根拠のない憶測に過ぎない」と一蹴している。

オーストリアは事件後、3日間の喪服期間中にもかかわらず、政治家や政党で誰がミスを犯したかで争いを始めている。野党社会民主党のパメラ・レンディ=ワーグナー党首は、「政党間で批判合戦する時ではない。犠牲者への追悼期間だ」として、テロ事件の責任者探しは止めるべきだと戒めている。

ウィーン銃撃テロ事件では、もう一つの問題が浮かび上がっている。容疑者が北マケドニアとオーストリアの2重国籍を有していたことだ。オーストリア生まれでウィーンの学校で学んだ容疑者は北マケドニアの国籍を取得している。ウィーンのルドヴィク市長は、「2重国籍問題について再考しなければならない」と語っている。

ちなみに、オーストリアでは多くのトルコ人がオーストリア国籍を所持した後もトルコ国籍を所持しているため、同国居住のトルコ人に対し、アンカラから政治的干渉が行われるなどの問題が出てきている。オーストリアは基本的には2重国籍を認めていない。

なお、ドイツの政治学者、イスラム過激派テロ問題のエキスパート、ペーター・ノイマン氏はオーストリア国営放送とのインタビューの中で、「テロ問題で大きな懸念は欧州で来年か再来年には百人以上のイスラム過激派が刑期を終えて出所することだ」と指摘、シリア内戦などから帰国し、拘留されていたイスラム過激派の出所後の対応について、欧州は準備しておくべきだと助言している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。