ワルシャワからニュースが入ってきた。同国の日刊紙デジニック・ガゼッタ・プラウナ(Dziennik Gazeta Prawna)とラジオRFMが4日、報じたところによると、ポーランド国民の65.7%が「カトリック教会の社会での役割」に批判的な評価を下し、評価している国民は27.4%に過ぎないことが判明した。調査は1000人を対象に実施された。
もう少し詳細にみると、教会の教えを実践している信者の場合でも50%が教会の役割を批判的に受け取り、評価しているのは48%に留まっている。ただし、同国の与党、保守政党「法と正義」(PiS)支持者は69%が教会の役割に満足しているという結果が出ている。それにしても、教会を評価している国民の割合は少ない。
冷戦時代を思い出してほしい。ポーランド統一労働者党(共産党)の最高指導者ウォイチェフ・ヤルゼルスキ大統領は当時、「わが国は共産国(ポーランド統一労働者党)だが、その精神はカトリック教国に入る」と述べ、ポーランドがカトリック教国だと認めざるを得なかった。
そのポーランドでクラクフ出身のカロル・ボイチワ大司教(故ヨハネ・パウロ2世)が1978年、455年ぶりに非イタリア人法王として第264代法王に選出された時、多くのポーランド国民は「神のみ手」を感じたといわれているほどだ(「ヤルゼルスキ氏の『敗北宣言』」2014年5月27日参考)。
ポーランドは久しく“欧州のカトリック主義の牙城”とみなされ、同国出身のヨハネ・パウロ2世(在位1978年10月~2005年4月)の名誉を傷つけたり、批判や中傷をすることは最大のタブーだった。同国の国家統計局のデータによれば、国民のほぼ90%はカトリック信者だ。
そのカトリック教国のポーランドでカトリック教会への信頼が急速に縮小しているわけだ。冷戦時代のポーランドを知る一人としてやはり驚かざるを得ない。冷戦が終焉してまだ30年余りしか経過していないのだ。
ポーランドは過去、3国(プロイセン、ロシア、オーストリア)に分断されるなど、民族の悲劇を体験してきた。国民にとってカトリック教会は民族を結束できる唯一の機関だった。ポーランド教会で「聖母マリア信仰」が他のカトリック教国の中でも飛び抜けて国民に浸透しているのは苦境下にある国民が癒しを必要としていたからだ。
そのポーランド教会が国民の信頼を失いつつあるのはもちろん偶然ではない。同国の政治学者アントニ・デュデク氏(Antoni Dudek)は、「教会の危機は今始まったものではなく、長い年月をかけて深刻化してきた。原因として、①旧共産党政権との癒着、②聖職者の未成年者への性的虐待と聖職者の贅沢な生活スタイル、③聖職者と与党PiSの結びつきなどが挙げられる」と述べている(バチカンニュース11月4日)。
以下、カトリック教会の信頼失墜の原因をまとめる。
①ポーランド教会では聖職者の性犯罪があったという報告はこれまで1度も正式に公表されなかった。聖職者の性犯罪が生じなかったのではなく、教会側がその事実を隠蔽してきたからだ。沈黙の壁を破ったのは 聖職者の性犯罪を描いた映画「聖職者」(Kler)だ。同国の著名な映画監督ヴォイチェフ・スマジョフスキ氏の最新映画だ。小児性愛(ペドフィリア)の神父が侵す性犯罪を描いた映画は2018年9月に上演されて以来、500万人以上を動員した大ヒットとなった。国内で教会の聖職者の性犯罪隠ぺいに批判の声が高まっていった。
②民主化後の社会の世俗化現象はポーランドだけではない。隣国チェコではビロード革命でカトリック教会は大きな役割を果たしたが、民主化後、同国社会は急速に世俗化していった。チェコ国民の無神論者の割合は先進諸国では断トツに多い。旧東欧諸国の世俗化の波は若い世代を容赦なく襲っている。
③カトリック教会の中絶絶対禁止という教義に多くの国民は次第に抵抗と失望を覚えている。同国憲法裁判所が先月22日、「胎児が先天的疾患と診断されたとしても中絶は違憲」という判断を下した。それに対し、女性だけではなく、多くの国民が「女性の権利を蹂躙する」として抗議デモを行った。
その際、批判の矛先は党保守政党「法と正義」が牛耳る現政権と共にカトリック教会に向いている。ワルシャワでは10月30日、10万人を超える抗議デモが行われた。教会の壁に落書きが書かれ、礼拝が妨害されるという事態が生じている。
欧州で敬虔なキリスト国といわれれば、ポーランド教会を直ぐに思い出す。分割時代、共産政権統治時代には国民を取り巻く環境は厳しかったが、神への信仰は燃え上がった。それが民主化後、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)に加盟したが、これまで民族を見守ってきたキリスト教会の神から人々の心が次第に離れてきたわけだ。
新型コロナウイルスはポーランドでも感染が急増している。国民は目に見えないウイルスの脅威を感じ、不安になっている。EUもNATOも決して強固な組織ではないことが分かってきた。国民は神への信仰に戻っていくだろうか。それとも別の守護神を求めて彷徨うだろうか。先述した調査結果を見る限り、後者の可能性が現実味を帯びてきている。
ポーランド教会は今、分断時代や共産政権時代とは異なった挑戦に直面し、新しい役割を見出すために苦悩している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。