会長・政治評論家 屋山太郎
「自由で開かれたインド太平洋」が「クワッド」(4の意味)の名で世界に浸透しつつある。政治家も外交官もこの地政学上の意味がこもったクワッドを脳内に浮かべるだけで、目下の世界政治を構想できる。第一次安倍内閣までアジア外交と言えば日本、中国、韓国の3ヵ国を中心に考えた。
しかし2007年の第一回安倍首相の所信表明では「地球儀を俯瞰する外交に切り替えねばならない」と述べている。この漠然とした言葉から数年後、盟友の谷内正太郎氏(前国家安全保障局長・NSC)と共に絶妙の外交表現を思いついた。この構想をどぎつく言えば「中国封じ込め」である。しかしそう言ったのでは紛争のタネになるから、「自由で開かれたインド太平洋」とソフト化した。当初内部で言われていたのは「インド太平洋戦略」だったが、これではとんがり過ぎているというので頭に「自由で開かれた」を付属させて末尾の「戦略」も「構想」も除いた。
「クワッド」は日、米、豪、印の4ヵ国のことだが、中国押さえ込みが必要と考えている英、仏も参加の意向だ。独もメルケル首相は黙っているが、ハイコ・マイス外相が国会で激越なコロナを含めた対中非難を発している。親中派だったヨーロッパが総じて中国非難になったのは力強い。
中国が一帯一路で手にした国々にまで、米国のポンペイオ国務長官は歴訪している。日米豪印の連携は、ヨーロッパがロシアに対抗して結成したNATO(北大西洋条約機構)のような軍事機構ではない。しかし中国が傍若無人に振る舞えば、その分だけ周りの国の力が強まることを覚悟しなければならない。それがいつでも可能になるように日・豪海軍はすでに米海軍と共同訓練を始めている。
この“安倍外交路線”に対して菅首相は「米中のバランス重視」(10月18日付日経)として習近平氏の訪日を検討しているようだ。習氏訪日は安倍氏が敷いた国際外交路線のぶち壊しである。前回1992年の天皇訪中は天安門事件の3年後、世界が中国を冷たく見ている時に天皇が訪中し、これで中国の罪は許された。
10月末の中央委員会総会(五中総会)で習近平氏は3期目に入る道筋をつけた。これまでの強気の国家運営に変化がないことだろう。米・露の中距離核全廃条約によって米露は中距離核を持たないという最悪の時期にある。米中戦争をやれば、米国は中距離核という致命的攻撃力を持たない状況になる。
中国から日本への攻撃に対してイージス・アショアは無効だという。ミサイルが放物線ではない曲線を描いて飛んでくる新型だからだ。そこで日米は、敵の基地を叩く武器を開発中。目下、音速の8倍で飛ぶミサイルを開発しているという。しかしこんな悠長なことをしていて間に合うのか。この戦闘でクワッドが勝ったとしても、周囲の国々を平定するという「中華思想」には変わりはない。
(令和2年11月4日付静岡新聞『論壇』より転載)
屋山 太郎(ややま たろう)
1932(昭和7)年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒業。時事通信社に入社後、政治部記者、解説委員兼編集委員などを歴任。1981年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。1987年に退社し、現在政治評論家。著書に『安倍外交で日本は強くなる』など多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年11月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。