「機密情報漏れ」はイランの計算済み

イランのIRNA通信を読んでいると、在IAEAのイランのガリブアバディ大使は4日、IAEAに提出した書簡に記述されていたコンフィデンシャル情報が理事国(35カ国)に提示される前にメディアにリークされていたと非難し、「IAEAは加盟国の核関連情報の保全に努力すべきだ。メディアが理事国より早く機密情報を報じている」と指摘、IAEAの機密情報漏れを追及する姿勢に示した。イラン大使だけではない。在IAEAのロシアのウリヤーノフ大使も同じように今回の機密漏れを批判している。

▲在IAEAのガリブアバディ・イラン大使、IAEAに機密情報保全を要求(IRNA通信公式サイトから)

それではメディアに漏れてしまった機密情報とはなにか。ロイター通信が4日、ウィーン発で発信した情報だ。「イランはナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型『IR-1』に代わって、新型遠心分離機『IR-2m』に連結した3つのカスケードを設置する計画」という内容だ。

旧来の遠心分離機から新型遠心分離機を設置すれば、ウラン濃縮関連活動は加速する。重大な核合意違反に当たる。その機密情報をメディアが一歩早く報道してしまった。35カ国の理事国代表はIAEA事務局から入手する前にメディアを通じてイランの核合意違反を知ったわけだ。

それではその機密情報を最初に報じたのはどのメディアか、といえば、ロイター通信だ。世界の主要メディアはロイター通信と契約しているから、ロイター通信からのイラン情報は即電子版などに配信され、世界が知ることになった。

次は、なぜロイター通信がいち早く報じることが出来たのかだ。IAEAスポークスマンが元ロイター通信記者だからだ。同スポークスマンは天野之弥前事務局長時代からの報道官を務めているが、天野さん時代には機密保全が厳しく戒められていたこともあって、情報リークといった悪習は余り生じなかったが、グロッシ事務局長時代に入り、機密情報漏れの懸念が囁かれ出していた矢先だった。

報道官は自身の元雇い主のロイター通信にそれとなく漏らしたのではないか。ちなみに、IAEA担当の現ロイター通信記者は前AP通信記者だ。当方の推測が間違っていたらどうか教えてほしい。

いずれにしても、IAEAでは過去、核関連の機密情報がメディアにリークされることは多くあった。天野事務局長時代10年間はそれでも機密情報は保全されていたほうだ。モハメド・エルバラダイ事務局長時代は機密情報リークの黄金時代だった。エジプト出身のエルバラダイ氏はCNNと懇意な関係を築き、ほぼ連日、様々なメディアのインタビューに応じていた。同氏の努力は2005年のノーベル平和賞受賞となって報われた。

エルバラダイ氏のノーベル平和賞受賞の記者会見で、オランダのジャーナリストが「エルバラダイ氏、ノーベル平和賞の受賞に値するあなたの功績は何ですか」と率直に質問したことがあった。質問を受けたエルバラダイ氏は一瞬、返答に戸惑った。受賞に値する功績が直ぐには浮かび上がってこなかったのだ。対北査察問題は暗礁に乗り上げていた。平壌当局からは「特別査察の考案者」として嫌われていた。唯一、エルバラダイ氏の広報活動だけが際立っていたことは間違いない。

エルバラダイ時代の機密漏れに危機感をもった天野氏は就任直後から関係者に機密保全を宣誓させていった。その宣誓を破れば即解雇、退職した職員に対しても守秘義務を課し、現役時代で知った情報を漏らせば、年金の削減などの制裁が科せられるといった厳しい内容だった。

天野氏が機密情報保全に神経を投入したのはそれなりの理由があった。「日本人は機密情報を漏らす」といった不名誉なイメージがIAEAにはあったからだ。以下、簡単に説明する。

16年間、IAEAのトップだったハンス・ブリックス事務局長(元スウェーデン外相)時代、ソ連でチェルノブイリ原発事故が1986年発生したが、ソ連政府が事故後、その調査報告書をIAEAに通達した。ブリックス事務局長(任期1981~97年)は記者会見でその内容を発表する考えだったが、数日前、日本の朝日新聞がその全容を掲載した。日本の新聞にソ連の事故報告書内容がリークされたことを知ったブリックス氏は怒り心頭、リーク源の広報部長(当時)だった日本人部長を即解雇する考えだったが、事の鎮静化に乗り出した日本外務省の要請もあって同広報部長をジュネーブの国連に左遷することで妥協した。それ以後、IAEAでは日本人職員の評価は芳しくないのだ。

ちなみに、朝日新聞記者はそのスクープで日本新聞協会賞を受けた。当方は後日、情報リークに関与したIAEAの広報部長と会い、その経緯を聞いた。朝日新関記者はIAEA広報部長のデスクの上にあった報告書を盗み、そのコピーを東京本社にファックスで送り、待機していたロシア語教授たちに翻訳させ、翌日の朝刊にその概要を掲載したというのだ。朝日新聞は当時、「世紀の大スクープ」と宣伝していたが、実際は「公文書窃盗」だったわけだ。

話は今回のリーク報道に戻る。イランは制裁解除を手にするためにイラン核合意への復帰を模索しているが、そのためにイランが核合意から離脱すればどのような状況が生じるかを米国の次期政権と欧州3国(英仏独)に示す必要があるはずだ。その意味で、イランが12月2日付の書簡で最新ウラン濃縮用遠心分離機設置計画をIAEA側に通知したわけだ。もちろん、情報がメディアにリークされる可能性を事前に計算していたはずだ。イラン大使はIAEAを強く非難しているが、明らかに演出だろう。当方の推測が事実ならば、IAEAスポークスマンとロイター通信はその手先に利用されたということになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年12月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。