YouTubeで観る日本の正月風景

私事で恐縮するが、欧州に住むようになって今年で41年目を迎えた。その間、数回しか日本に戻っていないこともあって、「日本に今戻ったら、現代の浦島太郎だろう」と考えている。10年前、日本に帰って東京の渋谷に立った時、その人の数と街の賑わいに圧倒された。当方は当時、地下鉄の切符をどのように買うのかすら分からず、自動切符売場の前で戸惑ったことを思い出す。

▲無観客のニューイヤーコンサート風景(2021年1月1日、オーストリア国営放送の中継から)

音楽の都ウィーンでは1日、ニューイヤーコンサートがあった。無観客の楽友協会で演じるウィーンフィルの音楽を聴きながら、やはり異様な雰囲気を感じた。音楽の専門家でもない当方が言うのは可笑しいが、ウィーンフィルの音楽が例年とは違うのではないかと思った。その理由は、新型コロナ感染防止のために観客がホールにいない、というシンプルな事実に拠る。世界最高級の音響施設を誇る楽友協会でも観客がいない場合、オーケストラが奏でる音調にも変化が生じると考えたからだ。人は演奏家が奏でる音を体全体で吸収しながら聴く。音を吸収する人がホールにいない場合、演奏家の音はホール全般を彷徨うことになる。その結果、ウイーンフィルの音楽自体が変わってくるはずだ、と勝手に解釈したからだ。

2時間余りのウィーンフィルの音楽を楽しんだ後、ユーチューブで日本の正月風景を見ることにした。当方は2人のユーチューバーの動画を定期的に見てきた。1人の動画は「Rambalac」、もう一つは「Japan 4K」だ。彼らは何もしゃべらず、もっぱら日本の都市を歩き、街の風景を撮影し、それを放映してくれる。だから、当方はウィーンにいて数時間前の渋谷の風景や浅草の雷門参拝風景を見ることができるのだ。まさに時代の恩恵だ。

1日は浅草の雷門に参拝する日本の人々を90分余り観た。浅草はどこも多くの人々で溢れていた。同時に、「日本は本当に大丈夫だろうか」といった懸念を感じてしまった。

(雷門イメージ 写真AC:編集部)

当方が知っている日本の正月と21世紀の正月風景は明らかに違う。それだけではない。新型コロナウイルスの感染防止のために厳格な第2ロックダウン中のウィーンからみると、浅草の明るい店舗や銀座のイルミネーションで輝く風景には違和感を覚えた。全く「新型コロナの影響を感じない」からだ。街を行く人々はほとんど100%、マスクを着用している。その点、ウィーン市民とは比較にならないほど徹底している。しかし、ウィーン市内はどこも閑散としているが、浅草や新宿周辺には多くの人々が歩いている。買物する姿も見られる。彼らは一様に速足に歩く。のんびりと散策するのが好きなオーストリア国民の歩き方ではない。ウィーン子が浅草の正月風景を見たらビックリするだろう。ひょっとしたら羨ましく感じるかもしれない。

2日、日本の知人にラインで電話した。知人は「日本は新型コロナの感染拡大で大変だ」という。欧州では昨年末、ワクチンの接種が始まったが、日本ではまだそこまできていないという。「病院崩壊」の話も飛び出した。国営・公営経営の病院が主のオーストリアとは違い、日本の医療機関は民営が多いこともあって、「病院崩壊」は現実的な問題という。病院機関の連携、結束が難しいというのだ。

それにしても、浅草や渋谷の風景を見る限りでは、「日本はまだ深刻ではないのではないか」といった思いが湧いてくる。欧州ではパリ、ベルリン、ウィーンなどメトロポールは一様にロックダウン中だ。買物したくても、全ての店は閉まっている。

不思議な点は、累計感染者数、新規感染者数、死者数では日本は人口比で欧州諸国の平均値より圧倒的に少ないことだ。問題は、「日本の新型コロナ対策が効果的だからというより、日本国民の気質、清潔好きなどの他の要因が大きく働いているからではないか」と推測せざるを得ないことだ。ノーベル医学・生理学賞を2012年に受賞された山中伸弥氏は「ファクターX」と主張されているが、何らかの理由から日本の新型コロナ感染による死者数が抑えられているというのだ。

その日本でも年末から年始にかけ、新規感染者数の急増は続いている。それを受け、東京都などは政府に「緊急事態宣言」を出すように要請中という。同宣言をすれば、国民経済への影響は大きいことは明らかだ。経済がダメージを受ければ、国からの経済支援は難しくなるし、失業者は増加するだろう。オーストリアや他の欧州諸国と同じ困難に直面するだろう。新規感染者数が相対的に抑えられているドイツでも今月10日以後もロックダウン規制措置の延長は避けられないといわれている。欧州では少なくとも危機感は強い。

日本も新規感染者の急増は避けられないだろうから、中短期的に考えれば、日本も早急にワクチン接種体制を整え、国民にワクチン接種を呼び掛けていく以外にないだろう。

ユーチューブで浅草の雷門で列を作って賽銭箱にコインを投げ、“新型コロナ祓い”をする日本人の姿を見ていて、「そこに『ファクターX』が隠されているのではないか」と当方は感じた。欧州のウイルス学者は「新型コロナに対して正しく恐れるべきだ」と指摘し、感情的な恐れに振り回されないように警告していた。ひょっとしたら、日本人は新型コロナに対する恐れや不安を払拭するため、賽銭箱にコインを投げることで昇華させているのではないだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。