企業はなぜ、自社ビルを売却するのか?

日本の企業が自社ビル売却の動きを加速しています。電通、JRグループ、リクルート、近鉄等々はほとんどがコロナになってからその売却を決定しています。かつて、自社ビル所有は成功会社の勲章的なところがありました。理由は銀行からの信用度が上がるから、もあったでしょう。

しかし、今、なぜ逆風が吹きはじめているのでしょうか?

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日経に「企業の不動産売却が加速 JR東日本、5年で1000億円 緩和マネー買い手に、持たざる経営意識」という記事があります。このキーワードの中で私が一番着目しているのは「持たざる経営意識」であります。私がもう10年以上前から言い続けているアセットライト、つまり持たざる経営が意味しているところは経営環境の激変に対してどれだけ素早く対応できるか、であります。持ってしまうと臨機応変な対応ができない、これを私はずっと言い続けてきました。では誰が持つのか、といえばファンドが持てばいいし、持つことを生業とする会社が持てばいいわけです。私の会社は持つ方の会社です。そしてその時の状況に合わせてテナントがどんどん変わります。テナントから見れば適所を求めるということです。

例えば商業不動産は流行がどうしても出てしまうビジネスです。私も当初はテナントが定着しなくて苦労しました。カナダの大手銀行がテナントに入った時、これで30年は大丈夫かと思ったら10年で出ていきました。理由は銀行のリテール業務の方針が変わったから。貸し手である私も学び続け、最適なテナントを探すと同時に「テナントが死なない賃料設定」や契約にフレキシビリティを持たせた提案させて頂いています。

例えばあるテナントは事業のインキュベーション(孵化)時期で思ったほど売り上げが伸びず困っていました。それは逆に大家である私がどう協業して一緒に育むか、その試練でもあったのです。取った手はといえばabatement(賃料の減額)を1年ぐらい行いながらもテナントとのコミュニケーションを密にして応援体制を敷きました。このテナントは見事に成長し、私どもと11年目を迎えています。

所有して自由度が落ちるよりも賃貸をした方がよいのは企業の規模や事業内容は常に変化するからであり、無駄なスペースを持つことは企業経費の無駄遣いそのものなのです。バンクーバーのある著名な金融サービス企業の事務所にお邪魔すると営業担当者用の個人ブースがずらっと並んでいるのですが、使っているのは全体の2/3ぐらい。つまりそれだけデッドスペースがあるのです。もったいないと思います。

コロナになり自社ビルや遊休不動産の売却、更にはコア資産の売却にまでつながっている理由はその企業の本業は不動産所有ではなく不動産を利用するということです。事業邁進のためには借りる、そして高いフレキシビリティを持つことが一番なのです。

アップル社がなぜ、儲かるのか、それは持たない経営をしているからです。工場を持たない、これがキーワードです。将来電気自動車が普及する際、しばらくは雨後の筍のように参入企業が殺到するはずです。それをたやすくするのが組み立てを専業で請け負う企業です。台湾の鴻海精密工業やカナダのマグナは確実に爆発成長します。なぜなら新規参入予定のメーカーは巨額投資が恐ろしくて自社工場なんて作れないからなのです。

以前、個人住宅で「所有か賃貸か」については「不毛の議論」であり個人の価値観が左右する、と申し上げました。では企業はどうでしょうか?最終的にどれだけ利益を上げるかではないでしょうか?これに即した形にするには借りる、そして必要に応じてどんどん新しいものに乗り換える、ぐらいの感覚でよいのだと思います。

私は小さいながらも経営者として肝に銘じていることがあります。それは本社はお金を生まない、です。あくまでも管理機能である本社は極小でよい、見栄もいらないし、狭くてもいいのです。事務所の豪華さで勝負した弁護士事務所、会計事務所なんて30年前の話であり、そんなことを言っている時代ではなくなったのです。私は会計士には3年以上会っていないし、確かとても小さな事務所です。弁護士は顧問弁護士がいますが、最近は事案に応じて浮気し、いろいろなところにお願いしています。その中で弊社のマリーナ事業の弁護士は会ったこともないし、彼も一人事務所ながらきちんと機能しています。

いまや、そこまで割り切らないとビジネスなんてできないし、利益も確保できないのです。とすれば大手企業が今まで胡坐をかくその根拠の一つとなった自社ビルはどんどん売ったらよいのでしょう。賃貸になれば賃料をどうするか、経営者はもっとシビアになります。無駄なスペースを考えることになるでしょう。それでいいのです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年4月8日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。