成功したいなら「人生は運>実力」を受け入れなさい

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

「人生は常に努力で実力を磨き、切り開くもの」、本音ではこのような聞こえのいい話をしたい。だが現実がそうさせてくれない。実際のところ、人生における成否は運の占める割合があまりにも大きい。だが、誤解なきようにお願いしたい。筆者は「人生はしょせん100%ピュアな運ゲーにすぎない。努力なんてするだけムダだ」など運命決定論者的なことを言うつもりはない。自分自身が過去の苦境を努力で人生を切り開いてきた自負があるし、人間は能力のほとんどを後天的に獲得する動物である。

Kateryna Kovarzh/iStock

人生で能力を高める努力は必要だ。だが、「努力だけ」「実力だけ」で人生を願望どおりに生きることは決してない、これもまた事実なのだ。

他人と社会は変えられない

世の中には数多の真理が存在するが、その最たるものが「他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来だけ」である。ムダな努力をしないためにも、この金言は人生の早い段階で理解しておきたい哲学だろう。

変えられないのは他人に留まらず、社会もそうだ。「自分が持っている金融銘柄が10倍に高騰して、今年中に一億円儲けたい!」、たとえ自分が思っていても金融市場は個人の願望を無視して動く。また、「20代の間に東証一部上場に転職したい」と思っても、自分を受け入れてくれる相手がいなければ実現しない。

他人や社会は変えられない。それにも関わらず、人間は自分を変える代わりに、他人や社会を変えようと努力をしてしまう。だが、資本主義社会を有利に歩いていくにはこの逆の発想が重要だ。つまり、他人や社会を変えようとするのではなく、自分を相手に合わせていくというものだ。たとえば、「仕事を頑張っている自分に、もっと高い年収を出して下さい」とお願いするのではなく、高いオファーを出せるポテンシャルを持つ相手を見つけて、相手のオファー条件に合うよう自分を変える努力をすることだ。

「相手を変えることはできない」という前提に立つことで、願望成就につながる自分に変えるきっかけになるだろう。

成功や出会いは運次第

世の中で大きな成果を出したり、素晴らしい人との出会いは自分の力では変えられない要素が大きい、すなわちそれこそが運である。

ベートーヴェンやモーツァルトは、天才的才能を持った音楽家であった。死後200年近くが経過した今でも、彼らの作品は人類の英知として残り続けている。だが、彼らが現代社会に生まれていたらどうなっていだろうか?IFを妄想することに大きな意義はないが、その場合は彼らが歴史に名を残す人物になっていなかった可能性もある。彼らの音楽的才能が輝いたのは、才能や努力もさることながら、それ以上に「生まれた時代や周囲の環境、人間関係に愛されたから」という運の側面が大きいだろう。

また、人との運命的な出会いも運次第だ。筆者は20代前半までまさしく人生の暗黒時代だった。何も誇れるものはなく、若さ以外の何も持たない暗闇の只中にあった。だが、ある時思いつきで古本屋に入った。気まぐれで勉強のコーナーに行き、何も考えずに吸い込まれるように偶然手にとった一冊の本を買った。その日の夜、筆者の人生は変わった。勉強の重要性を理解し、翌日から猛勉強を決意して人生が変わった。あの日のあの時、たまたまその本との出会いがなければ今の自分はない。自分の強運に感謝しかない。

そしてさらに大局的な視点で考えるなら、自分が日本に生まれたという事実がすでに運が良かったとすらいえる。世界には200を超える国があるが、人生を変えるために努力をして報われるという社会は、決して大多数ではないからだ。

「運を高める」という取り組み

「人生は能力以上に運次第」というと、途端に頑張ることがバカバカしく感じる人もいるかもしれない。だが、運というのはcontrollable(制御可能)なファクターであることは間違いない。つまり、取り組み方次第で運を高めることはできるのだ。

たとえば、「素晴らしい人との出会いをしたい」と思うなら、自分自身が努力して能力を高める活動をする。自分自身が素晴らしい人物になることで、素晴らしい人との出会いを実現する可能性は高まるはずだ。その逆に自室にこもって「いい人と出会いたい」と思っても、その場合の願望成就の確率は極めて低くなることは明白だ。

上述した筆者の人生を変えた書籍との出会いも、運が良かったと言える一方、「自分の人生を変えたい。そのきっかけがほしい」という心の奥底で、言語化されない願望があったからだろう。その気持ちが筆者を古本屋へと突き動かし、件の出会いがあったと感じる。つまりは自覚がなかっただけで運を高める取り組みをしていたわけだ。

「人生は運次第」というと運命決定論的で受け入れがたいと感じる人もいるはずだ。だが、運は大事であり、その運を高めるためにこそ、能力を高める不断の努力と行動力が重要なのではないだろうか。もとい、それら取り組みを包括的な「努力」と定義するなら、「運も実力の内」というのは極めて納得感の高い表現に感じるのだ。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。