イスラム原理主義勢力タリバンが不法なアヘン生産と密売で巨額の資金を獲得してきたことは周知のことだ。ウィーンに本部を置く国連薬物犯罪事務局(UNODC)によると、アフガニスタン産アヘンは2020年の世界の85%を占めている。そのアヘンやヘロインはトルコやバルカンルートを経由して欧米全土に密輸されている。麻薬取引で得る収益はタリバンの最大の収入源となっている。アフガンのアヘン生産は昨年、新型コロナウイルスのパンデミックにもかかわらず、前年度比で37%増、栽培面積は22万4000ヘクタールと推定されている。
ところで、タリバンは15日、首都カブールを占領し、アフガン全土を掌握した直後、タリバンのムジャヒド報道担当者は17日の記者会見で、「アヘンの生産を禁止する」と述べた時、世界は決して驚かなかった。タリバンは過去にも同様の宣言をしたことがあったからだ。タリバンは1996年から2001年まで国を統治していた。タリバンは政権に就くなりアヘン栽培を禁止した。タリバンは当時、極度の国際的圧力にさらされており、緊急に国際的な支援を必要としていたからだ。しかし、禁止はほとんど意味がなかった。倉庫には大量のアヘンの在庫があったからだ。タリバンが今回も「アフガンをアヘン・フリーにする」と表明、アヘン栽培を禁止すると述べたとしても、その実効性は疑わしいわけだ。
国家の運営にはしっかりとした財政的基盤がないと難しい。アフガンには豊かな地下資源があるから、それを開発すれば一定の収益を得る。例えば、アフガンには最大3兆ドル規模のレアアースが埋蔵されていると推定されている。レアアースは半導体やバッテリーなどの先端産業と軍事産業に広く利用されている。中国はその地下資源を得るためにタリバンに触手を伸ばしている(「『帝国の墓場』アフガンと中国の関係」2021年8月20日参考)。
その一方、タリバン前も後もアフガンではアヘンを栽培し、それを密輸して巨額の外貨を稼ぐ業者や農家が少なくなかった。国際社会からの圧力で政府がアヘン栽培の禁止、アヘンに代わる代替栽培を推進したことがあったが、多くの農家はアヘン生産で生活をしてきた。収入が違うからだ。
アフガンは34州から構成されている。アフガン政府といっても州を管理する部族がパワーを有している社会だ。州によってはアヘン生産を根絶した所がある一方、アフガン南部ヘルマンド州ではアヘン生産に従事する農家が多い。同州の農地の22%がケシ栽培に使われている。アフガンの過去最大の生産量は2017年で9900トンだ。総売り上げ額は14億ドル。タリバンは不法麻薬取引からの収益の半分をその懐に入れていると受け取られてきた。国連安保理によると、タリバンは麻薬密輸で年間4憶ドルの収益があると推定されている。具体的には、イスラム法に基づき、通称、ウシュル(Ushr)と呼ばれる税を密輸業者、栽培者から押収する。鉱山開発業者に対しても同様だ。売上の10%の税を払わないと、タリバンは活動をストップさせる。
タリバン第2次政権が発足したとしても、その財政基盤は厳しい。アフガンをこれまで支援してきた世界銀行(WB)や国際通貨基金(IMF)、そして英国、スウェーデンやドイツはタリバンのテロ、人権弾圧、女性蔑視政策を懸念し、タリバンがアフガンを占領した直後、財政支援をストップすると表明したばかりだ。世界銀行によると、2020年のアフガンの国内総生産(GDP)は約198憶1000万ドルだったが、その43%は国際社会の財政支援だ。アフガンのガニ政権が崩壊した今日、欧米諸国からのタリバンへの経済支援は期待できない。海外に避難したアフガン中央銀行のトップ、アジュマル・アフマディ氏によれば、アフガンの保有外貨は約90憶ドルだが、大部分は海外に保管されている。
ちなみに、タリバンの精神的指導者である故モハマド・オマールの息子であるモハマド・ヤクーブは、昨年の報告書でタリバンの財政状態を明らかにした。それによると、2020年3月期の収益は約16億ドルに上るという。アフガニスタン政府は同期間の歳入は約56億ドルだった、また、タリバンはサウジアラビア、パキスタン、イランなどの国からも活動資金を受け取ってきたという。
タリバンにとって巨額な外貨が手に入るアヘン生産を禁止することは容易なことではないわけだ。タリバンが農民に経済的な代替手段を提供できない場合、農家からの抵抗が強まる。タリバンは遅かれ早かれアヘン生産を認めざるを得なくなるというわけだ。
ウィーンに本部を置く国際麻薬統制委員会(INCB)はタリバンの政権奪還前、今年3月、「2020年年次報告」を発表したが、その中で「アフガンでの違法な麻薬栽培、生産、麻薬密売、麻薬使用などの問題に対して包括的に対応しなければ、アフガンの持続可能な開発、繁栄、平和が実現される可能性は低くなる」と述べている。アフガン政府はこれまでケシ栽培根絶プロジェクトを進める一方、INCBはケシ栽培する農業にケシに変わる栽培を支援してきた。
アヘン生産やケシ栽培はこれまで国家権力が届かない、主にタリバンが支配してきた地域で行われてきたが、タリバンが全土を支配下に置けば、アフガン全土でアヘン生産がおこなわれる可能性が出てくるわけだ。
興味深い点は、ロシアがタリバンと頻繁に接触しているが、その理由の一つはアフガン産のアヘンが中央アジア経由でロシアに密輸されるケースが増えているため、タリバンにその対策を強く要請するためだというのだ。中央アジア経由で入る不法な麻薬を摂取するロシア人、特に若い世代が急増し、大きな社会問題となっているからだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年8月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。