サントリー社長「45歳定年導入」発言が炎上した理由

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

サントリーホールディングス株式会社の新浪剛史社長の発言が炎上している。経済同友会の夏季セミナーへオンラインで登壇し「45歳定年制度を導入し、会社に頼らない姿勢を」と発言したことがその発端だ。Yahooニュースでは、14,000件を超えるコメントがつき、その多くは否定的なものだ。

同氏の言いたいことは個人的にわからなくもない。「もはや、会社が終身雇用できる時代ではない。社員一人ひとりが収入源確保を意識せよ」と言いたかったのだと推測している。これ自体は正しいが、問題は示した手段にあったのではないだろうか。

本稿は単にゴシップ的に炎上騒動を取り上げる意図ではなく、この問題から学びを得る点も少なくないと思い執筆した。

shapecharge/iStock

45歳定年は企業側の都合しかない

同氏は「従来型の雇用モデルから脱却し、人材流動性を高める必要」といっており、この主張は一見もっともらしく聞こえる。だが、この「45歳定年」は企業側にしかメリットがないことが分かる。新卒の若い人材を安く雇って、45歳まで使い倒し、その後は労働市場に放流するというのでは、単なる労働力搾取に聞こえてしまうからだ。

政府は企業へ定年の引き上げをお願いしており、同社はそれに答えるような形で昨年、65歳以降の再雇用制度を導入の発表をしたばかりだ。「社員が長く働ける会社」というイメージがある中で、突然この提案が出てきた格好だ。そのため、「社長の本心はそうだったのか」と同社のクリーンなイメージが裏切られた形となり、多くの批判を呼んだのではないかと推測している。

定年より正社員解雇のハードルを下げる

「お前は批判ばかりで代案はないのか?」と反論が聞こえてきそうなので、僭越ながら個人的見解を述べたい。

これは過去に何度も述べていることだが、個人的に正社員職の解雇のハードルを下げることが重要だと考えている。「解雇を容易にしろとは、社員は路頭に迷えというのか」とお叱りを受けるかもしれない。誤解のないようにしたいのだが、会社への貢献度の高い従業員であるなら、企業は長く雇うべきだと思っているし、頑張る社員は会社が全力で守るべきだ。筆者の会社でも65歳以降の元気な高齢者も混じって、現場でイキイキと働いている。

問題は正社員解雇のハードルがあまりにも高すぎると、やる気がない社員や、仕事や会社への相性が悪い社員も会社に残り続けてしまう点にある。日本における労働市場の流動性を低下させ、ブラック企業経営者を生み出している根本を作り出していると思うのだ。一度でも正社員の仕事についたら、企業は解雇できないことが常態化すれば「正社員を雇うのはリスクが高い」と非正規雇用にインセンティブが働くだろう。結果として職の最適化が促進せず、労働市場の流動化も低下するという負のメカニズムが働く。

日本に比べてアメリカでは解雇は圧倒的に容易で、現場の責任者が強力な人事権を持っている。そのため、時に上司に過剰なゴマすりなど行き過ぎたケースも見られる。一方で日本の場合はあまりにも強固に正社員が法で守られすぎているため、それが企業の大きな負担になっている。また、働く側も「努力して自分の市場価値を高めよう」という意欲を削がれる結果を生み出しているのではないかと思っている。

改めてお断りしておくが、筆者は「無能な社員はバンバン解雇してしまえ」などと暴論を言うつもりはない。あまりにもハードルが高すぎるため、少しだけでも下げれば人材流動性を高め、職の最適化が促進されるという主張をしたいのだ。

これ以上の詳細については分量が多くなるため、過去記事「日本で「ブラック企業」を生み出しているのは経営者ではない!?その理由とはを参照いただきたい。

解雇されるから真剣になる

恥ずかしながら、筆者は過去に数回会社からクビになった経験がある。その時は大きなショックを受け、「自分は必要のない人間だ」「もう世の中からいなくなってしまいたい」と思えるほど苦しい経験をした。だが、大きい目で見れば解雇の経験によって「自分の付加価値を高め、仕事では結果を出せる力を持たなければ」という強い危機感と自分を高める意欲が生まれた。その時の経験は起業した今も生きており、「自分は市場に生かされているだけ。マーケット感覚を失えば、要らない人になる」と常にハングリー精神を持ちながら、日々ビジネスで勝負している。

だが、「45歳定年」と言われて必死に働くか?と問われれば正直、かなり疑問符である。なぜなら同じ会社で45歳以降も必要な人材として残るには、極めて高い技術力があるとか、係長や部長といったマネージャーになる必要があるからだ。前者は努力で可能性があるとしても、後者はそもそも昇進の椅子がなければ実現できない。特に今後はリモートワークが促進することで、中間管理職のニーズは明確に減少した。45歳までと時間制限を設けるなら、それ以降の生き残りのための明確なロードマップを示す必要はあるだろう。

同氏の発言には批判が寄せられたが、「現行の終身雇用前提の働き方では、今後は通用しない」という点と、「人材流動性を高める必要性」については正しいと個人的に感じる。労働市場における絶対的に肯定される解はまだ出ていないが、「自助努力で市場価値を高める」という点については否定されることはないだろう。

■最新刊絶賛発売中!

■Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka

YouTube動画で英語学習ノウハウを配信中!

ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。