北京・証券取引所を巡る思惑と真相:「複層的な」中国(倉持 正胤)

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グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト 倉持 正胤

9月に中国の習近平国家主席が北京に新たな証券取引所を設立することを表明した。時期などの詳細は明らかにされていないが、実現すれば中国本土では上海、広東省・深圳、香港に続いて4つ目の証券取引所となる。

ここ十数年の中国の躍進は目を見張るものだというのは疑いようのない事実である。GDPで2010年に日本を追い抜いた後に世界第2位となり、いまや日本の約3倍、一人当たりのGDPでも2000年代中盤以降、大きな伸びを示し、現在では1万ドル超えるとみられている。追われる側のアメリカは中国の動きを覇権主義的だとして警戒し、「米中冷戦」とも評される事態に至っているといわれている中、中国がさらなるイノベーションを目指して国内証券市場を拡充する方針を打ち出したとしても不思議ではない。

図表:深圳証券取引所
出典:深圳証券取引所公式HP

しかしながら、こうした見地だけでは、なぜ新たに北京なのかという疑問は解けない。「北京市には取引所に適した文化がない」との声があがるなど、北京という土地は首都ではあるものの、これまで資本市場との直接的な関わりが政治的な側面以外では薄かったという性格もある。そうした中で、あえて北京を選択したのには何らかの大きな意図が存在するのではないかと考えさせられるものがある(参考)。

まず、中国の経済発展を支えてきたのはどのような担い手であったのかという議論を確認しておく必要がある。中国のリーディング産業といえば、情報通信、環境、電動車両(EV)、eコマースなどが挙げられるが、その多くは民間企業が担っている。一方で、東北部や内陸部の古い国有企業は未だ地球温暖化を加速する立場に留まるなど、中国の「古い部分」は経済成長の原動力ではなかった。つまり、共産党政府には、南部の大都市を中心としたハイテクで環境重視の側に立つ民間企業などの新たな成長企業を自らの手中に取り込んでこなかったという弱みがあると指摘されている(参考)。いわば北京(政府)対深圳(民間)という対立構図が存在しているため、経済発展の主導権をハイテク産業に強みをもつ深圳、広州などから北京に奪い返す思惑もあって、北京における証券取引所の新設計画を打ち出したのではないかと推察できるのである。

国土が広い中国では、「新しい中国」「伝統的な中国」などのイメージに当てはまるように、各都市が持つ特徴は様々である。実際に、都市の魅力度を区分するランクとして「1〜5線」という呼び方があり、中国メディアの「第一財経」が発表している(参考)。「1線都市」は北京、上海、深圳、広州、次いで「新1線都市」は武漢、成都、重慶、西安など15都市である。これらは主に沿岸部に位置し、街が大きく発展しているため、ホワイトカラーの労働者が多く、商業が盛んで百貨店などもあり、ファッションにも敏感な土地柄である。「2線都市」は廈門、大連など30都市で、新1線までと比べると影響力の低い都市かもしれないが、その地域ではトップの“地方都市”にあたるといわれている(参考)。

2021年「都市商業魅力ランキング」
出典:第一財経

中国政府は、経済発展をけん引してきたIT産業への規制を強めるなど、共産党体制としての資本主義の発展が基本であるとの姿勢を強めている。背景にあるとみられるのは、共産党の主体性を確保しながら、国内統制を第一とする国家運営の方針である。中国共産党による支配という意味での中国の当面の安定性を最優先ととらえているものと考えられる。このような中国独自の資本主義運営の行方を観察する時に、中国国内には“複層的”な側面があり、こうした構造に中国政府といえども翻弄されていることを念頭に置くべきだといえるのではないだろうか。

倉持 正胤
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
青山学院大学大学院国際政治経済学研究科・国際政治学専攻修士課程修了。民放テレビ報道局にて国際ニュース部門、デジタルメディア編集などを担当した後、2021年8月より現職。