「水際対策強化に係る新たな措置」で考える政府広報官の必要性

篠田 英朗

首相官邸HPより(編集部)

11月8日月曜日から、新型コロナに対する「水際対策強化に係る新たな措置」(19)が実施される。これを政府が発表した後、マスコミ各社が一斉に「水際対策を緩和!」と報じた。案の定、ヤフコメなどでは「なぜ緩和するんだ!」とのコメントが殺到している。いわゆる「専門家」たちも「これで来月は感染爆発だ!」と久しぶりに派手な予言を競い合っている。

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「生命か経済か」「厳しいか緩いか」「科学か非科学か」・・・といった二項対立の図式で世界を単純化し、他者を否定して自分を慰める議論が、過去1年半にわたり、新型コロナをめぐって進められてきた。お馴染みの光景ではある。だがいい加減になんとかこの安易で非生産的な構図から抜け出す方法はないものか。

確かに、新型コロナが蔓延し始めた昨年3月の時点で、日本が入国規制を導入するタイミングは遅かった。だがその後に自衛隊を投入して行われた水際対策の整備で、何とか最悪の事態は防いだ。

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それなのに!と多くの人が、今回の「水際対策を緩和!」の見出しを見て、思ったのだろう。多くの人々が「昨年3月の時点に戻します」と政府が言っているかのように感じたのだろう。マスコミが意図的に「緩和、緩和、緩和」とだけ連呼して内容を伝えないお馴染みの印象操作に終始しているので、記事を読んだ人が事情を考えることができないのも無理はない。

しかし実際の「水際対策強化に係る新たな措置」(19)は、マスコミが必死の印象操作で誘導しているような「水際対策を緩和して昨年3月の時点に戻して来月に感染爆発を再び起こします」と言うようなものではない。むしろ非常にややこしい制度的仕組みを伴うものだ。

まず原則14日間の自己隔離期間を3日に短縮できるのは、入国日前14日以内に感染状況が悪い指定国に滞在したことがなく、日本政府が有効と認めるワクチン接種証明書を持つ者だけだ。しかもさらに3回のPCR検査を受けなければならない。日本行きの航空機に搭乗する72時間前以内に受けたPCR検査の陰性証明書がないと、搭乗できない。さらに日本到着時に空港でPCR検査がある。この検査の結果を数時間待って陰性が証明されないと、入国審査に進めない。それで公共交通機関を使わない移動で隔離場所で待機した後、3日目以降にもう一度PCR検査を受けて陰性証明を発行してもらうまでは、隔離が解除にならない。外国人については、これらの過程を監督する受け入れ責任者が事前審査を経るのでなければ、ビザが発給されない。

こうした措置は、昨年には存在していなかった。そもそもワクチンの開発・普及が大きな違いを作り出しているわけだが、欧米諸国ではワクチン接種証明をもって入国条件としている場合が多い。日本は3回に及ぶPCR検査を課している点で、より厳しい。

本来、これは「水際対策」の内容の妥当性の問題であり、「緩くすべきか否か」の問題ではない。果たして外国人に14日間自宅待機をお願いしているだけのほうが、3回目のPCR検査を受けさせるよりも、絶対に厳しいので圧倒的に安全だ、と言えるかについては、疑問の余地があると思う。新型コロナは2週間の潜伏期間があるとされるが、ほとんどの場合には5日間以内で発症する。PCR検査は万能ではないと言われるが、5日程度の期間にわたって3回ものPCR検査を行ってもなお陽性が識別できない可能性は、非常に低い。そもそも感染の度合いが比較的低い国からの入国しか許可せず、しかもワクチン接種者であることが前提条件だ。それでもなお、とにかく外国人であるだけで、絶対に感染している可能性が日本人よりも高いと推定すべきだ、と主張するのは、かなり無理がある。海外から帰国してくる日本人も、ビザなしで入国できるだけで、やはり同じ措置が取られるので、事情は同じである。

もちろんワクチンを接種し、PCR検査を何度受けても、感染している可能性が確率論的にはゼロにはならない、と言えば、それはそうなのだろう。仮に極度に低い確率でも、ゼロではないと言えば、ゼロではない。

だがそのような理由で争うのであれば、「どこまでもゼロコロナを目指す」という立場をとっていることを明言すべきだろう。もし「ゼロコロナ」主義者ではないのなら、いたずらに「緩めるのはダメだ!」に持ち込もうとするべきではない。より具体的な論証を踏まえて、政策の内容が妥当であるかどうかについて、議論をするべきだろう。つまり今回の措置が「来月の感染爆発」につながることを、きちんと論証する責任を負って、議論すべきだろう。

それにしても、政府の側も、新型コロナでは「煽り」系のマスコミの言説が蔓延していることを、痛いほどよくわかっているはずだ。なぜもう少し真面目に先回りした対応をとっていかないのか。

「政府としては官僚文章を淡々と読み上げるだけだ、それをどう解釈して見出しを付けて商業的に売り込めるセンセーショナルなものにしていくかは全てマスメディアの皆さんに全面的にお任せする」、といった態度をとり続けるのは、むしろ無責任ではないか。

重要な政策課題であれば、むしろマスコミの見出しに影響を与えるような売り込み方で説明をしていくような積極性があってもいいのではないか。今回の事例で言えば、「水際対策」の政策的内容の変更または発展であり、決して「緩和して昨年3月の状態に戻す」ようなものではない、ということを先回りしてプレゼンテーションしていくべきではないか。

日本政府では、官房長官や官房副長官が、事実上の広報官の役柄を担っている。新型コロナで露呈しているのは、このやり方の限界ではないか、という気がする。高位の政治家が直接話したほうが国民へのメッセージを発する際に重みを持たせることができる、といった狙いがあるのかもしれない。だが実際には、裏目に出ている。

しっかり広報を専門にする広報官を配置し、どうやったら伝えたいことを国民にしっかりと伝えられるかをしっかりと考えてもらってから、広報すべきではないか。

広報官を前面に出すのを躊躇する日本の政治文化と、電通や博報堂が表に出ないところで大型契約を受注して再委託先下請け企業を牛耳りながら裏でイベントを仕切ってしまうのを当然だとする日本の政治文化は、表裏一体の関係にあるような気がする。これは、是正すべき奇妙な文化だと思う。

専門の広報官を配置してしっかり表で国民とのコミュニケーションを担当させることこそが、政治主導の広報につながる道だと思う。