多くの日本企業は米国のようなジョブ型雇用はできない

黒坂岳央(くろさか たけを)です。

日立が全社員ジョブ型雇用にすると発表した。これを受けてSNSでは「ついに日本を代表する企業が取り入れた!」と反応が大きかった。

しかし、個人的には多くの日本企業では、現在アメリカで機能しているようなイメージでのジョブ型雇用はできないと思っている。日本に本格浸透するような制度にするためには、いくつものハードルがあるからだ。その根拠を述べていきたい。

bee32/iStock

日本はアメリカのようにはならない理由

ジョブ型雇用といえば、米国が主な採用国としてあげられる。

筆者は米国に留学し、最初に就職した会社は東京にある米国企業で、転職後も米国企業で働いた経験がある。そこではJob Description(職務記述書)があり、自分が担当する業務内容や範囲、難易度、必要なスキルなどがまとめられた書類が渡された。人事評価をする際、「あなたに求める水準がこれで、実際に働いて出した実績がこれだ」と実績と期待値の差を評価された。うまく評価されて等級と昇給した時もあれば、その逆も経験した。非常にロジカルで納得感があるが、悪く言えば強いプレッシャーも感じる制度だ。

さて、ジョブ型雇用の本質は「適材適所」であり、うまくハマった人はそのまま働いてステップアップするし、その逆に会社の期待値に見合わない実績なら、職責を狭めるか会社を去ることになる。だが、ここで問題になるのが「労働法」である。

過去に何度も「日本はあまりにも過剰に雇用が守られすぎている」という主張をいろんなビジネス記事に書いてきたが、期待値を満たさない社員が会社にしがみつく問題が生じるのだ。こうなると頑張って職務を全うし、そうでないなら自ら去っていくようなビジネスライクな社員ばかりが雇用リスクを引き受け、仕事で高パフォーマンスを出さず会社にしがみつく人が得をする構図ができてしまう。

たとえ日本企業でジョブ型雇用を取り入れたとしても、それだけでは絵に描いた餅だ。パフォーマンスがあまりにも悪かったり、そもそも仕事のやる気がない場合など雇用継続の合理性がなければ解雇できる法整備の必要である(だがこれは上司が強い人事パワーを持つことになるので、パワハラや職権乱用の防止策も同時に求められる)。

ほとんどの日本企業にジョブ型雇用は難しい

そもそもほとんどの日本企業において、必ずしもジョブ型雇用に経営的合理性があるとはいえない。その理由は日本は中小企業で成り立っている国家だからである。

具体的に数字を出そう。日本にはざっくり350万社の企業があるが、そのうち99.7%が中小企業の規模であり、全労働者の68.8%がそこで働いている。つまり、大部分の日本の労働者は中小企業で働いているのだ。そしてその中小企業でジョブ型雇用がうまくワークするか?というと必ずしも答えはYESにはならない。

中小企業の持つ大きなビジネス上の課題に「優秀な人材を採用する」というものがある。筆者も地方で小さな会社を経営し、従業員を抱えているので肌感覚レベルで分かる。ハローワークや、エージェントを使っても大企業に応募するようなジョブ型雇用にハマるキャリアを意識した人材は、地方の中小企業には来ない。給与だけの問題ではない。そのような専門性が高い仕事が、多くの地方の中小企業に用意できないのだ。

また、中小企業では会社の規模が小さく、社員も少ないので優秀な人材の仕事は部署横断的に広くなる傾向がある。そうなれば優秀な人材は専門性を深堀りするより、高い労働生産性を仕事を持ってスピーディーにこなす活用法にインセンティブが働くだろう。

さらに、中小企業の仕事内容には金融やITに限らず、労働集約的な産業も少なくない。大口の受注が入ったり売上が伸びれば、現場は人海戦術で突破するというセオリーが活きる。専門性が高く、非常に優秀な人材を一般社員の数倍の高給で雇うより、一般社員を売上が伸びただけ採用する方が明らかにメリットが大きい。

以上のことから、日本企業の多くはジョブ型雇用ではなく、依然としてメンバーシップ型雇用に経営合理性はあるといえる。

大きな雇用形態の変化には時間がかかる

日立の発表を受けてジョブ型雇用に対して、肯定的に受け止める反応もSNSに見られた。「自分は海外大学卒だが、新卒一括採用式の日本企業には受け入れられにくいと感じていた。ジョブ型雇用になれば、大学で学んだ専門性を意識したキャリア設計も可能になる」といった趣旨の投稿だ。確かにこれは正しい。

だが、ジョブ型雇用が日本の労働市場全体的にうまくワークするにはまだまだ時間がかかる。大学在学中から、ジョブ型雇用を前提とした専門分野の勉強をしたり、新卒採用や転職などあらゆる局面でジョブ型を前提としたキャリアの意識が必要となる。しかし、現時点で多くの大学生は当然ながらメンバーシップ型雇用を意識した就活を頑張っているし、現職で仕事をしている人もそれは同じだ。

大きな転換が浸透していくには、時間がかかる。また、上述した通り日本の労働法の問題もあり、米国のようなジョブ型雇用の姿を見るにはまだまだ先になると思うのだ。

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。