株価があやしくなってきた。長期金利も0.16%を超え、3年ぶりの水準になった。これはFRBが3月にも政策金利を0.5%に上げるとの観測の影響だろうが、日銀がイールドカーブ・コントロール(YCC)で長期金利を抑制している状況では珍しい。
IMFの対日勧告は「利回り目標を10年物からより短い満期にシフトさせてイールドカーブをスティープ化することがひとつの選択肢となりうる」と提言している。これは「そろそろYCCをやめて自然体に戻してはどうか」という意味だろうが、政治的には容易ではない。
日銀は「債務超過」になっても倒産しないが…
よくいわれるのは長期金利の上昇で日銀が債務超過になるリスクで、金利が1%上がると、日銀の保有する500兆円以上の国債には約30兆円の評価損が発生する。日銀の自己資本は約9兆円なので、0.3%上昇で(計算上は)債務超過になる。
もう一つは日銀の保有するETFの評価損で、元日銀理事の山本謙三氏も心配している。2020年にコロナで株価が1万6000円台まで暴落したとき、日銀の保有する29兆円のETFには約5兆円の評価損が発生した。
日銀の保有株式の損益分岐点は1万9500円なので、株価が1万3000円を割ると約10兆円の評価損が出て債務超過になる。だが日銀の保有有価証券の評価は償却原価法(額面と取得原価の差を満期まで毎年均等に算入する)なので、会計上は評価損は計上されない。
国債は日銀が満期まで保有すると、金利が入るのでリスクはない。預金者が預金を引き出す取り付けが起こると危険だが、日銀には一般預金者はいない。銀行が日銀当座預金の口座を閉めると銀行間決済ができなくなるので、外銀でもそんなことは起こりえない。
ただ日銀当座預金の残高は532兆円なので、短期金利が1%上がると利払いが年5.3兆円増える。これは銀行への支払いなので、日銀の保有する国債かETFを売らなければならない。このとき評価損が実現するので、日銀は2年で債務超過になるが、日銀券を発行すればいいので、日銀が資金繰りで倒産することはありえない。
黒田総裁は敗北を認めない
国債を買って日銀当座預金に置き換えた量的緩和は、統合政府でみると債務は同じだが、長期債務を超短期債務で置き換えたので、統合政府の金利リスクは高まった。日銀券を発行して損失を埋めれば資金繰りはつくが、インフレと資産逃避による円安が起こるだろう。先進国の中央銀行が債務超過になった前例はない。
問題は金利上昇で(時価評価の)民間銀行に金融危機が発生することだ。債務超過の日銀がそれを救済するには、一般会計からの借り入れが必要だ。こういう状況は、1998年に発生した。長銀と日債銀の破綻処理で、預金保険機構への一般会計からの支出に国会承認が必要になり、「金融国会」が荒れた。
1990年代に発生した不良債権はネットで約100兆円だったが、国債の残高は1000兆円。当時は民間の不良債権だったが、今回の不良資産は国債なので、救済が簡単に国会で承認されるとは思えない。それは黒田総裁の責任問題になり、財政支出は彼の更迭と引き替えになるかもしれない。
債務超過の目安は株価でいうと1万3000円だが、日銀のYCCの上限は0.25%。債務超過になる目安は、株式の含み益があってもたかだか0.5%だかろう。黒田総裁のプライドは高いので、マスコミが「日銀は債務超過だ」と騒いで責任問題に発展する上限が0.5%だとすると、0.16%の長期金利が上がる余地は意外に小さい。
金利上昇は日銀が国債を爆買いすれば止められるが、これからFRBの利上げで日米の金利差が広がると、インフレ・円安要因になる。黒田総裁は敗北を認めないので、来年4月の任期まで意地でも利上げはしないだろうが、それは「悪い円安」をもたらすおそれが強い。日本経済の今後は、黒田氏のプライドにかかっているのだ。