ロシアのウクライナ侵略は強盗みたいなものだと思いますが、ネット上では「ウクライナにも責任がある」とか「どっちもどっちだ」という人がいます。そういう意見を頭ごなしに否定するのもよくないので、考えてみましょう。
Q1. ロシアのやったのは悪いことなんですか?
何が「悪いこと」かはむずかしい問題です。法治国家では法律に違反するのが悪いことですが、国と国との間にはそういう法律がありません。国際法というルールはありますが、それを強制する機関がないので、何が悪いことかを決める基準ははっきりしません。
今回はウクライナが国際司法裁判所に提訴し、裁判所はロシアに軍事行動の停止を命じたのですが、この裁判はすべての当事国が参加しないと成立せず、今回はロシアが出廷を拒否したので、この命令には効果がありません。
Q2. ではロシアとウクライナのどっちが悪いとはいえないんでしょうか?
普通の事件でいうと、武器をもって他人の家に入るのは強盗で、それを武器で追い払うのは正当防衛です。国と国との関係では、どっちが国境を超えたかが侵略の基準で、この意味ではロシアの軍事行動は国際法違反です。
Q3. 国際法違反かどうかはどうやって決めるんですか?
1928年の不戦条約では国際紛争を解決する手段としての戦争が禁じられ、戦後の国連憲章でも「武力による威嚇や武力の行使」を禁じたので、今回のように他国で武力行使することは明らかに違反です。日本政府も「侵略」という言葉を使って非難しています。
国連では日本を含む141ヶ国が、国際法違反としてロシアを非難しました。この決議に反対したのはロシアやシリアなど5ヶ国、棄権したのは中国やインドなど35ヶ国だったので、圧倒的多数の国が「ロシアが悪い」と考えていることはまちがいありませんが、安全保障理事会ではロシアが拒否権をもっているので、効力はありません。
Q4.「ロシアを挑発したウクライナが悪い」という人もいます。
鈴木宗男さんは「ウクライナが東部で数機のドローンを使ったことがプーチンを挑発した」と言っています。ウクライナはずっと内戦状態で、東部ではロシア系住民との戦闘が続いていました。政府軍がドローンを使うこともあったでしょう。
しかしそれが隣国のロシアに対する挑発だというのは、わけがわからない。よその国の国内問題に武力介入するために国境を超えることが、まさに侵略です。プーチン大統領でさえ、こんなナンセンスな話はしていません。
Q5. ロシアとウクライナは「どっちもどっち」だから話し合えという人もいます。
れいわ新選組は「国際紛争を解決する手段として武力の行使と威嚇を永久に放棄した日本の行うべきは、ロシアとウクライナどちらの側にも立たず、あくまで中立の立場から今回の戦争の即時停戦を呼びかけ和平交渉のテーブルを提供することである」という談話を発表しましたが、これは憲法解釈のまちがいです。
憲法第9条に定める「戦争の放棄」は、前に書いた不戦条約にもとづく侵略戦争の放棄を定めるもので、すべての武力行使を禁止するものではありません。話し合いで解決するぐらいなら、最初から戦争は起こらない。そんなきれいごとでは、国際紛争は解決しないのです。
Q6. 戦争が長期化すると民間人の犠牲が増えるので、ウクライナは譲歩すべきだという意見もあります。
橋下徹さんの話は二転三転するのでよくわかりません。最初ロシアが侵略してきたときは「命が大事だからみんな逃げて20年後に戻ってこい」といい、それが批判を浴びると「ウクライナ政府が早く降伏しろ」といい始めました。
それでは侵略したロシアが得すると批判されると「NATOが軍事介入しろ」と言い始め、それが核戦争の原因になると批判されると、今度は一転して「ウクライナもNATOも譲歩してロシアと話し合いしろ」と言い出しました。
Q7. 犠牲が増えないように話し合いするのはいいんじゃないでしょうか?
強盗と被害者が話し合うことはできません。ウクライナが譲歩して橋下さんのいう「政治的妥協」ができたとして、ロシアがそれを守るんでしょうか。
プーチンは今までチェチェンやジョージアで数万人を殺害し、クリミアの併合以後、ウクライナ東部でも1万人以上を殺害しました。強盗とは話し合うのではなく、警察が逮捕して刑務所に入れるのです。
Q8. でも国際的には、そういう「世界の警察」はいませんね?
これはむずかしい問題です。かつてはアメリカがそういう役割を果たしていたのですが、オバマ大統領は「世界の警察をやめる」と宣言し、NATOも予算が減って弱体化しています。
ウクライナはNATO加盟をずっと要求してきたのに、ドイツとフランスが反対して実現しなかった。このように東ヨーロッパに「力の空白」ができたのが今回の戦争の原因です。
Q9. ではウクライナは譲歩してはいけないんですか?
これはゲーム理論で人質問題といって、答はわかっています。短期的には身代金をはらって人質を解放してもらったほうがいいようにみえますが、そうすると人質事件をくり返すインセンティブになってしまうので、身代金をはらってはいけないのです。「イスラム国」の人質事件でも、日本政府は身代金をはらわなかった。
ウクライナがロシアと戦うことは、戦争を二度と許さないコミットメントなのです。それによって戦闘員にも民間人にも犠牲が出ますが、ウクライナが降伏するとプーチン独裁体制の支配下に入って、もっと多くの犠牲が出るでしょう。
Q10. 日本が仲介して、停戦させることはできないものでしょうか?
これはビジネスの商談ではないので、そう簡単にはいきません。多くの人命がかかっているので、勝敗がはっきりする前に停戦することはありえないが、ロシアが予想以上に苦戦しているので、プーチンは譲歩するかもしれません。
ロシアはクリミアの主権承認や東部の独立などを条件としているようですが、これはウクライナとしては飲めないでしょう。ウクライナの中立化も求めていますが、これがNATOに加盟しないという約束だとすれば、妥協できない話ではないと思います。この場合は、ロシア軍がウクライナからすべて撤退することが条件です。
今回の戦争は国際社会で法の支配を実現するむずかしい問題です。国内では強盗をつかまえて刑務所に入れるコストを税金で負担しますが、世界の警察はコストが高く、ロシアのように相手が核兵器をもっていると、人類が滅亡する可能性もあります。これには簡単な答がないので、長期戦になると思います。