日経に「『出世したくば副業せよ』 三井住友海上、社外経験促す」という記事があります。記事の内容はタイトルが物語っている通りなのですが、私が気になったのはそこに書き込まれたコメントの数々。これが見事に賞賛の声なのです。
しかし、コメンテーターはほとんどが脂っこいBtoCのビジネスの最前線に立つ方ではありません。概念と実際がどれだけ違うのか、顧客はどれだけせっかちで我儘なのか、わかっていない気がします。私の見た限りではワークしにくいと思います。
韓国系カナダ人のDさんは当地の大手建設会社でその手腕を買われ一つの現場を任されています。その彼は週末起業で自分の工務店を立ち上げていました。私のリテールテナントがそのDさんの工務店に店舗の内装工事を発注します。私は一目会った時から彼は仕事は早そうに見えるが粗い仕事だから大丈夫かと思っていました。
案の定、彼は内装工事の現場管理はいつも午後5時すぎから始め業者もそれに合わせて副業業者ばかりを集めました。結果としてどうなったでしょうか?当初2週間で出来ると豪語したその工事は4か月かかったのです。私のテナントからは泣きが何度も入り、支援の限りを尽くしたのですが、工期を短縮できず、挙句の果てにテナントさんが自分でペンキを塗るなど涙ぐましい事態となったのです。
私の知人Sさんは日本のある地方で週末起業をしていました。それは蕎麦屋。絵に描いたようなパタンです。彼は初めは意気揚々として頑張っていたのですが、ほどなく疲れが見えてきます。蕎麦屋には物珍しさもあり、それなりに客も入っていたようですが、その客足も落ちます。なぜ、うまくいかなかったのでしょうか?答えは簡単です。彼には休みがなくなり、気分転換や休息をとることが出来なくなったのです。
私は5つも6つも事業を同時に展開し、どれもある程度現場を把握しています。部門によっては顧客から私に直接メール、電話、LINEで様々な「要求」が出ます。事業の成否はそれらのリクエストにどれだけ早く答えらえるかが勝負です。そのために一日の仕事を細切れ状態にしてそれぞれの部門全体のタスク達成度で仕事を進めます。つまり、どの仕事が何時から何時という仕組みは一切ありません。いや、その垣根があるとこの掛け持ち仕事はできないのです。
三井住友海上が提案した「出世したくば副業せよ」はそんな美談ではありません。記事からは若手に向けたプログラムに見えますが、私には「二兎追うものは一兎も得ず」にしか見えないのです。もちろん、立ち上げる事業内容によります。あるいは会社側がどれだけ副業に対するフレキシビリティを認めるか、です。
事業が展開すれば自分や家族への時間配分も制約が出ます。「仲間は飲み会、だけど俺は頑張るぜー」はテレビドラマのシーンでしかありません。事業がうまくいけば他人の評価も変わりますが、そうでなければマイナス効果が出てしまうのです。
ではお前ならどうするのか、と言われれば副業したければコントラクトベースの雇員に切り替えるしかありません。会社は社員に放置プレイさせる器量を持てるかどうか、です。その社員は本業と思われる仕事はタスクベースのコントラクトとなり、出来高ベースの報酬払いとし、そのかわり副業を無制限にやらせるのです。これは会社も社員も覚悟がいります。
そして一定期間後に会社はエバリュエーションを行います。「副業を続けるか、本業一本に回帰するか」です。厳密には「副業一本で退社」という選択も出ます。会社が経験値だけ求めるなら事業をさっさと畳ませるなり次の人にバトンを引き継いでもらうのが前提となります。
つまり会社側が社員に何をさせたいのか、よくわからないというのが私の感想です。副業する人材は将来の余剰人材を考えての早期対応なのか、それとも会社を強くしたいのか、明白ではありません。かつて労働組合幹部になれば会社でも偉くなれると言われました。労使問題に精通しているからというのが理由だったと思いますが、そうではなく、違う世界に所属したことでその人が一回り大きくなるのだと思います。
とすれば、大手企業ならば社員を関連会社や取引先に週2回ぐらい出すというのも経験値を増やす点では方法の一つになるのではないでしょうか?以前、このブログで「新入社員が本社勤めをするのがおかしい、若いうちこそ出向させ、出来の良い順に本社に戻せ」と提言しました。企業の人事部は「とんでもない、預かった子弟をそんなにしてはもう誰も入社しなくなる」と怯えるでしょう。きっと今の雇用関係は数十年前に比べ相当優しいのだろうと察します。
かといって記事の印象はお手軽起業のような内容だったので起業をそんな片手間で出来るものだと考えてもらっては起業家である私としてはしっくりこなかったのです。
いいのかもしれません。
私はあまりにも突飛で数奇な経験をサラリーマン時代に数多くさせて頂き、人事部には格段の配慮、つまり「大放置やんちゃプレイ」を認めて頂いたからこそ、今の私があると確信しています。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2022年6月9日の記事より転載させていただきました。