イランは10番目の核保有国目指すか:核兵器の価値が見直された世界

スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)は13日、慣例の年次報告書を発表し、冷戦後、続いてきた核軍縮の動向が減速し、今後10年間で核保有国の核弾頭数が増加に向かう可能性が高まった、という見通しを明らかにした。

核弾頭数は今年1月段階で1万2705発で、前年1月比375発減を記録したが、ウクライナ戦争など国際情勢の緊迫化を受け、核保有国が今後、核弾頭を増加させる一方、その近代化を加速すると予測している。

核保有国9カ国の核弾頭数の動向(SIPRI年次報告書から)

「価値のない武器」ではなくなった核兵器

冷戦終焉直後、ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器の核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったが、ロシア軍がウクライナに侵攻した後、プーチン大統領はウクライナに軍事支援する北大西洋条約機構(NATO)加盟国に向かって、「必要ならば核兵器の使用を辞さない」と強調し、核兵器の先制攻撃を示唆したことから、核兵器がにわかに「使用可能な兵器」と見直されてきている。SIPRI報告書は、「核保有国で核兵器の意義が見直されてきている」と記述している。

核兵器保有国は現在、9カ国だ。米国、ロシア、英国、フランス、中国の国連安保常任理事国の5カ国のほか、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮だ。核弾頭の数では米ロの2大核大国が全体の90%以上(2021年1月現在1万1405発)を有している。報告書によると、核弾頭9440発は潜在的な使用のために軍隊に備蓄され、そのうち約2000発の核弾頭が“ハイレディネスモード”(高度待機態勢)下にあるという。

破壊力の向上に取り組む核保有国

9カ国の核保有国の状況はそれぞれ異なる、米国は核兵器の開発を凍結しているのではなく、未臨界核実験を繰り返し、核兵器の破壊力の向上、小型化などに取り組んでいる。ロシアにあっても事情は大きくは変わらない。世界の指導国家を目指す中国共産党政権では習近平国家主席の掛け声のもと核弾頭数の増加(現在350発)を目指している。

ロイター通信によると、中国の魏鳳和国防相は12日、シンガポールで開催中のアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で、「中国は新たな核兵器の開発で目覚しい進展があった」と述べている。メディア報道によれば、北朝鮮では7回目の核実験が差し迫っている。同時に、米国大陸まで届く大陸間弾頭ミサイルや潜水艦発射型核ミサイルの開発に拍車をかけている。すなわち、核保有国の核レースは現在進行形だ。ただ、ウクライナ戦争は核保有国の国防意識をさらに煽り、核兵器のもつ価値が見直されてきたわけだ。

イスラエルとアラブ諸国にとっての悪夢

問題は、核保有国入りを目指す国の動向だ。10番目の核保有国に最短距離にいるのはイランだ。イランの核兵器を最も恐れているのは宿敵イスラエルだが、スンニ派の盟主サウジアラビアもイラン(シーア派)の核兵器開発をただ静観していることはないはずだ。同じことが、エジプトにもいえるだろう。イランの核兵器製造はイスラエルとアラブ諸国にとって悪夢だ。

ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は6日から5日間の日程で定例理事会(理事国35カ国)を開催したが、焦点はイランの核問題だった。米、英,仏はIAEAの査察要求を受け入れず、核合意に反してウラン濃縮活動を推進しているとして非難決議案を提出。

イランは8日、それに反発してIAEAの監視カメラ2台の稼働を停止。非難決議が賛成多数で採択されると、イランは9日、同国内の核関連施設に設置された27台の監視カメラを撤去するとIAEA側に通告している。2015年に締結された「イラン核合意」の再建交渉は一層難しくなってきている。

理事会開催に先駆け、IAEAは先月30日、最新の「イラン核報告書」を理事国に提出した。それによると、イランの濃縮ウラン貯蔵量はイラン核合意で定められた上限202.8キロをはるかに超え、5月15日の段階で3809.3キロと18倍以上に急増している。濃縮度20%の高濃縮ウランの量は238.4キロ、60%以上は43.1キロと推定されている。

核兵器用に必要な濃縮ウランは濃縮度90%だ。問題は、「濃縮度20%を超えれば、90%までは技術的に大きな問題はない」(IAEA専門家)ことだ。イランの核開発計画は核拡散防止条約(NPT)など国際条約の違反であり、国連安全保障理事会決議2231と包括的共同行動計画(JCPOA)への明らかな違反だ。

イラン・イスラム共和国 第8代大統領 エブラーヒーム・ライースィー大統領 Wikipediaより(編集部)

グロッシIAEA事務局長は理事会初日の6日、「イランは、核爆発をもたらす濃縮ウランの量を示す有意量(Significant Quantity=SQ)まで、あと数週間だ」と警告を発している。イランは核兵器開発の疑惑に対し、「核兵器を含む大量破壊兵器はイスラムの教えに反する」と強調し、核兵器製造の意思がないと繰り返し主張してきたが、イランは実際は既に核兵器の製造能力を獲得している。核兵器用の濃縮ウラン製造能力、核兵器の運送手段、ミサイル開発などを総合した核能力をイランはほぼ獲得済みだ。

イラン核合意の再建交渉が暗礁に乗り上げ、イランが核開発計画を加速すれば、イスラエルは軍事力を駆使してもそれを阻止しようとすることは必至だ。テヘラン側がIAEA側の要求に応じ、核合意再建交渉に乗り出すか、今後数週間が正念場となる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年6月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。