「奉行クラウド」やら「楽楽精算」やら「Sansan」やら。
2022年1月の電子帳簿保存法施行以来、会計システムのテレビCMを頻繁にみかけるようになりました。
「電子帳簿保存完全義務化」
「紙で管理できなくなるのにー!」
「与えられた期間はわずか2年」
などと訴えています。焦りますね。ウチはまだ何もやってない。何かやらねばいかんのか?と。
電子帳簿保存法が対象としているのは、法人税・所得税で保存義務がある取引書類。「所得税」が含まれていることがポイントです。法人だけではなく、所得税を納めている事業者、つまりフリーランス(個人事業主)も対応しなければなりません。他人ごとではないのです。
しかし、同法に対応した会計システムの導入コストは安くありません。直接、売上増加につながらないモノにお金を出す余裕は無い。そういった事業者も多いのでは。
電子帳簿保存法で検索してみると、システム会社の解説(広告)記事だらけ。文中には、タイムスタンプとか真実性の要件とか。難しそうな単語が並びます。
お金がかかるうえ、面倒くさそう。安くて簡単な方法はないものか。
今回は電子帳簿保存法について考えます。
紙は紙で、データはデータで保存する
最も安価な方法は、システムを導入せず手作業で対応することです。といっても、それほど手間はかかりません。紙はそのまま。データは「プリントせず」データのまま保存します。
いまのやり方を変えたくない事業者や個人事業主にとっては、これが現実的な対策でしょう。以下、具体的に説明します。
対象とするデータ
冒頭で、「電子帳簿保存法の『対象』は法人税・所得税で保存義務がある取引書類」、と述べました。このうち電子保存が必要とされている、つまり「強制」されるのは、
・取引先からデータで届いた書類(領収書・請求書・見積書など)
・取引先へデータで送った書類(同上)
だけです。電子メールで送られてきた領収書のPDFファイルや、電子メールで送った請求書のPDFファイルなどが該当します。
他の書類、すなわち「紙」は、(スキャンなどで)電子保存「できる」とされている、つまり「任意」です。
よって、運用は、
「データ」で届いたもの・受け取ったもの・送ったものは「データ」で保存する
(例:メール添付の領収書PDF、ECサイトからダウンロードした領収書PDF)
「紙」で届いたもの・受け取ったもの・送ったものは「紙」で保存する
(例:文房具や食費などの領収書、郵送で届いた請求書)
となります。これまで通り、「紙の領収書やレシートは台紙に貼り付けて連番スタンプを押して保存する」といったやり方が、継続できることになります。
この運用で、電子帳簿保存法に対応するには、二つのルールを作る必要があります。一つ目は、データの命名ルール。二つ目は、改ざん防止ルールです。
データの命名ルール
まず、一つ目の、データの命名ルールから。
データは、
・規則的なファイル名を付ける
・ファイル名には、日付、取引先、金額を含める
・保存するフォルダを「取引先名」や「年月」などで分けておく
必要があります。例えば、
ファイルの命名規則を
「日付 + _(アンダースコア) + 取引先 +_(アンダースコア) + 金額」
とする、と定めた場合、
2022年10月1日に、X販売株式会社から届いた、1,000,000円の請求書のデータファイル名を
「20221001_X販売株式会社_1000000.PDF」
とし、
「X販売株式会社」フォルダに保存する、
といった運用が該当します。
目的は「検索」できるようにすること。税務調査の際に税務職員からデータダウンロード(閲覧)を求められた場合、速やかに対応するためです。実際の運用では、伝票のコメント欄(摘要欄)に、このファイル名や保存フォルダパスを記入することになるでしょう。
改ざん防止ルール
つぎに、改ざん防止ルールについて。正式には「正当な理由がない訂正及び削除の防止に関する事務処理の規程」とされています。これを、作成し遵守する必要があります。
規定の作成は、国税庁からサンプルをダウンロードし、自社(事業者)の内容に合わせ、一部訂正するだけで事足りるでしょう。
会計システムであれば、ファイル命名も、改ざん防止も内部で自動的になされますが、手作業なので、どちらも「ルールを定め」「遵守する」運用で対応することになります。
システム導入の留意事項
電子帳簿保存法は
1.電子帳簿等保存
2.スキャナ保存
3.電子取引データ保存
の3つに分けられています。1と2は任意。今回は、強制である「3.電子取引データ保存」について説明しました。
任意である1と2に対応すると、コストは発生するものの、大きなメリットがあります。ひとつは、「紙」の保存スペースが減り、家賃が削減できること。もうひとつは、データ化されるため検索性が向上し、作業が効率化されることです。これは、税務調査機関にとってのメリットでもあります。
一方、クラウド系の会計システムの場合、リスクもあります。
ファーストサーバ(ファーストサーバ―株式会社 ※1)のデータ消失事故をご記憶の方も多いのでは。2012年6月、同社が提供するレンタルサーバー内の、クラウドデータがバックアップごと消失。被害は、小林製薬や109シネマズなど大手企業を含む5700社(者)に及びました。
特に、サイボウズ(※2)を利用していた企業のダメージは大きく、メール・スケジュール・顧客データなど全てが消失。ネット上では、「電話がかかってきても相手が誰かわからない」「会社が『記憶喪失』状態」などといった、従業員の悲鳴に近い書き込みも。
最終的に、同社はデータ復旧を断念。顧客自身で取っていたバックアップから復元するよう、呼びかけました。「稼働率100%」「お客様作業不要」「バックアップ不要」を謳っていたにもかかわらず、データを消失させ、復旧もできなかった。こういったことが起こる可能性が、ゼロとは言い切れないのです。
クラウドサービス提供企業の、倒産やM&Aのリスクもあります。
電子データの保存期間は7年(最長10年)の長期間にわたります。この間、クラウドサービスを提供する企業の倒産によるサービス停止や、M&Aによるサービス変更などが起こるかもしれません。
いざというときのため、データを出力できるか。他社への乗り換えができるか。留意する必要があります。
システムの導入は焦らず検討を
今回は、システムを導入しない簡便な方法を紹介しました。
拠点が複数ある、経費精算をする従業員が多い、請求書の枚数が多い、などシステムを導入したほうが効率的になる企業も多いことでしょう。
電子帳簿保存法は、既に施行されています。現在は2023年12月まで「猶予(宥恕)」を与えられている状態です。時間は、あまりありませんが、自社の享受するメリットと、コスト・リスクなどデメリットを勘案し、検討いただきたいと思います。
【注釈・参考】
※1 2019年 株式会社IDCフロンティアに吸収合併され解散
※2 サイボウズ 情報共有・メッセージ機能などを有するグループウェア
(参考)電子帳簿保存法一問一答【電子取引関係】