ローマ・カトリック教会の前ローマ教皇、名誉教皇ベネディクト16世(在位2005年4月~13年2月)が31日、死去した。95歳だった。バチカン教皇庁が発表した。
ドイツのバイエルン生まれのベネディクト16世は2005年、27年間と長期在位してきたヨハネ・パウロ2世の死を受けて開かれたコンクラーベ(教皇選出会)で第265代教皇に選出された。950年ぶりにドイツ人教皇の誕生ということでドイツでは大歓迎されてきたが、2013年2月、「教皇職を務めるだけの体力がなくなった」として生前退位を発表し、世界を驚かした。
教皇職は終身制だが、1294年、ケレンティヌス5世以来719年ぶり、2人目の生前退位した教皇となった。退位後は、バチカン内のマーテル・エグレジェ修道院で生活してきた。ベネディクト16世の私設秘書を務めてきたゲオルク・ゲンスヴァイン大司教からの情報によると、「同16世はここ数年肉体的にはかなり弱まっていたが、その知性は最後までシャープだった」という。
同16世は近代の教皇の中でも最高峰の神学者と呼ばれ、学者教皇と呼ばれてきた。ベネディクト16世は教皇に選出前(ヨーゼフ・ラッツィンガー枢機卿と呼ばれた)、バチカンでは“教義の番人”といわれ恐れられてきた教理省(前身・異端裁判所)長官を務め、新ミレニアムの西暦2000年の記者会見では教会の過去の不祥事をヨハネ・パウロ2世に代わり正式に謝罪するなど、世界のローマ・カトリック教会の中心的人物として活躍してきた。
ただ、今年1月20日、ベネディクト16世がミュンヘン・フライジンク大司教区の大司教時代(1977年~82年)、聖職者の未成年者への性的虐待問題に関連し、「適切に対応しなかった」という報告書が公表され、同16世は犠牲者から訴えられた。犠牲者の1人が今夏、トラウンシュタイン地方裁判所に民事訴訟(いわゆる宣言的訴訟)を起こした。
同報告書はミュンヘン大司教区が弁護士事務所WSWに要請し、1945年から2019年の間の聖職者の未成年者への性的虐待問題の調査を実施したものだ。
報告書によれば、ベネディクト16世は大司教時代、「少なくとも4件、聖職者の性犯罪を知りながら適切に指導しなかった。1人の神父(ペーター・H)は1980年、エッセン司教区で性犯罪を犯してミュンヘン大司教区に送られたが、その後も聖職を継続し、29人の未成年者に対して新たに性的犯罪を繰り返した。当時大司教だったラッツイガー大司教は同神父を治療のために病院に送ることには同意したが、神父への制裁を回避した。なお、同16世は書簡の中で、関係者に謝罪を表明している。
ベネディクト16世の在位後半は聖職者の未成年者への性的虐待問題で教会はその対応で大わらわとなった。同時に、教会への信頼が地に落ち、多くの信者は教会から去っていった。ベネディクト16世もオーストラリア訪問で犠牲者と会見し、涙を流しながらその話を聞いたといわれている。同16世も今年に入り、大司教時代の聖職者の性犯罪問題に対する対応で問題があったとして追及される身となったわけだ。
ベネディクト16世は、外交官タイプの前任教皇ヨハネ・パウロ2世とは好対照で、書斎で本を読んでいる学者タイプの教皇で、信者への牧会には疎い面があったことは事実だ。
その教皇が突然生前退位を考え出したのは2012年秋ごろと推定される。生前退位の理由は「健康問題」と言われてきたが、ベネディクト16世は退位後10年余り、名誉教皇として生きてきた。神からペテロの後継者として任命された教皇職を自身の意思で放棄せざるを得ないほど深刻な健康問題を抱えていたとは考えにくい。退位理由は健康問題や聖職者の性的犯罪問題ではなく、「何らかの霊的な出来事があったからではないか」と一部で推測されてきた。
同16世は「神に何度も問いかけたが、もはや教皇としてその職務を履行できない」として、2013年2月11日、枢機卿会議で生前退位を発表した。
ちなみに、預言者、聖マラキは「全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言」の中で1143年に即位したローマ教皇ケレスティヌス2世以降の112人(扱いによっては111人)のローマ教皇を預言している。
マラキは1094年、現北アイルランド生まれのカトリック教会聖職者。1148年11月2日死去した後列聖され、聖マラキと呼ばれている。彼は預言能力があった。マラキが預言した最後の教皇(111番目)がベネディクト16世だった。同預言書には後継者フランシスコ教皇については全く言及されていない。カトリック教会の歴史はベネディクト16世で終わっているのだ。
「私たちの教会には何かが壊れている」。これは、イエズス会のアンスガー・ヴィーデンハウス氏が南ドイツ新聞とのインタビューで述べた言葉だ。ベネディクト16世は最後まで生前退位の本当の理由を明らかにせず、「壊れた教会」を残して亡くなった。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2023年1月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。