ベア復活、賃上げがもたらすもの:一度上がった物価は下がらない

春闘の一斉回答日である3月15日に「満額回答」がずらりと並びました。まるで選挙開票時に当選者の名前にバラの花をつけるような盛り上がりぶりは私の社会人生活でもあまり記憶にないシーンです。

とにかく満額回答が目立つ春闘 NHKより

零細企業で社長業をやっていると自分の給与のことはほぼ忘れています。調べないとよくわかないのですが、たぶん、もう6-7年は自分の給与は変えていないと思います。が、最近、明らかに変調をきたしたのが支払額が多くてやりくりが難しくなった点です。固定資産税をはじめ、公共料金は上がり続け、スーパーマーケットではあまりの価格に手が伸びないものが増えました。特に野菜や肉、魚などの生鮮品については大手スーパーは流通コストが高いせいか、キュウリ一本500円、鮭の切り身1000円といったとんでもない価格に自己防衛で個人経営の少しでも安い店を選ばざるを得ません。

そういう意味では給与を上げるというのは切実な意味があるのは私個人の状況からよくわかっています。ちなみに私が給与を上げない理由は2つあって、1つはそもそもお金を使うことにほぼ興味がないこと、もう1つは自分が緩い生活になれば会社経営も緩慢になりやすいという戒め的なマインド設定をしているためです。(スタッフの給与は毎年上がっています。)ですが、来年はそろそろ引き上げないと厳しいかも、です。

では日本のベアを見て思うことです。多分、消費がぐっと増える、であります。日本で安いことはいいことだというモードは本質的には歴史的なものですが、生活との密着感という意味ではバブル崩壊以降の30数年は特に強烈でした。それは心理的内面的に我慢をすることが当たり前になったわけです。そして30年も続けばそれは苦痛というより給与が増えるということを忘れ去ってしまいます。「歌を忘れたカナリア」とでも言いましょうか。ところが、今回のベアで覚醒させられます。

これは反動という意味で、ベア上昇以上の効果/影響が出るとみています。少し前のブログで日本の物価は夏に向けて階段を一段上がるような上昇になるのでは、と申し上げました。この意味は食品や飲食店などの値上げラッシュが続いていますが、この価格高騰がより広範な物品サービスにつながり、サービス向上やUPグレードを伴う便乗値上げが続出して地殻変動的な価格見直しが生じるとみたからです。これは日本独特のものになるとみています。また、商品の割引率低減という形も出ると思います。

一方、大手企業にお勤めの方は今般の物価高でも生活困苦になる人は少ないはずです。なぜなら大手企業の給与水準だからです。(但し、一度身についた消費癖が抜けなくて生活が苦しいというケースはあるでしょう。)とすれば今回ベアで懐が温かくなった分は消費に回るはずです。特にマスクも取れ、行動制限が取れた今、自由度はましており、旅行など過去3年間できなかったことへの本格的なリベンジ消費の動きは活発化するでしょう。

では99.7%の中小企業に勤めている人や自営業、リタイア層はどうなるのか、といえば不思議なもので一緒に消費増を愉しむことになります。これは集団心理現象で例えば、店で隣の客が高いものを買っていると自分も欲しくなるし、レストランで向かいの客が高そうなものを食べていると自分たちも欲しくなるのと同じです。

これは80年代のバブル期を経験した方は分かると思うのですが、なぜ、あの時、日本中がバブルに狂ったのか、本当に懐は温かくなったのか、といえば否とは言いませんが、日本の全ての個人の可処分所得が均等に増えたわけではありません。一部の人や廻りの雰囲気に押されただけなのです。これが再来する可能性はあると思います。とすると日本の物価はコストプッシュ型からいよいよ本来の好景気によるインフレに転じるはずで植田新総裁のもと、慎重な正常化への考察を進めることになるとみています。

では海外物価主導のコストプッシュ型の物価は続くのでしょうか?原則として一度上がった物価は下がらない、この前提に立つべきかと思います。生鮮品やエネルギーのように市況性があるものは多少上下するかもしれませんが、加工しているモノやサービスは無理です。なぜなら海外の生産に伴う賃金が大幅上昇し、かつ労働効率が下がっているからです。また輸入においては中国などとの競争で買い負けが起きる公算が高いので輸入品の物価水準は上がるとみています。

市況性のあるものでも下がらない不思議もあります。例えば電力会社が6月に向け、値上げを申請したものの経産省は一度、突っ返しました。本当にコスト増なのか、と。理由はエネルギー価格の急落です。原油はNYマーカンタイルで70㌦を切っています。ガスも暖冬で価格は大幅に下落した状態です。とすれば政府の補助がなくてもガソリンはせいぜい130円ぐらいになるのが本筋ですが、まだ補助金付きで150-160円というのは何かおかしいし、電気代に至ってはさっぱりわかりません。電力会社の怪ともいえる部分なのでしょうか?

海外にいると「安いニッポン」という評判は確実に広まっているのですが、個人的にはshort lived、つまり短命に終わるだろうと予想しています。理由のもう一つは為替水準です。今の130-135円の水準は適正水準から10%から20%円安水準だとみています。為替の特性の一つに長期のうねりがあります。今、ドル円で見ると確実に円高のサイクルに入っていますので今後時間をかけて110円程度を目指し、その時点の社会経済情勢次第では今度は円高の行き過ぎバイアスがかかることも考える必要があります。2、3年ぐらいしたらまた「〇年ぶりの円高、ついに100円を切る」といった事態がないとも言えません。

個人的には結果として日本には良い風が廻って来るとみています。今年来年と頑張らないとGDPがドイツに抜かれるところですが、目先、ギリギリかわせるとみています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2023年3月21日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。