次期「将来人口推計」の憂鬱

島澤 諭

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来年2024年は5年に1度の財政検証が行われる年である。財政検証とは公的年金の給付水準や財政状況が長期にわたってどう推移していくのかを確認するもので、厚生労働省が5年ごとに実施している。私たち人間に例えれば、健康診断にあたるものといえる。

この財政検証を行うにあたって、国立社会保障・人口問題研究所が作成・公表する「将来人口推計」という人口推計はなくてはならない基礎的なデータである。

日本は国民皆年金であるため、国民年金や厚生年金に加入する被保険者数は将来の人口動向に大きく左右される。そのうち厚生年金の被保険者数は、労働力人口の影響を大きく受ける。

そこで、2019年に行われた「財政検証」では、被保険者数については、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2017年推計)(以下、「将来人口推計」)、労働力率の見通しについては、独立行政法人労働政策研究・研修機構「労働力需給の推計」(2019年3月)を用いて将来の動向を推計し、将来の加入制度・性・年齢別の被保険者数を算出している。

また、「労働力需給の推計」や賃金上昇率、物価上昇率、運用利回りなどの経済前提についてもこの「将来人口推計」を用いて推計が行われている。

このように、将来私たちが負担する保険料率や、貰える年金額、マクロ経済スライド等の将来動向を考えるうえで、「将来人口推計」は最も重要な基礎資料だと言える。

この「将来人口推計」は、総務省統計局が5年に1度行う「国勢調査」の確定数が公表されたあと、日本の将来の人口規模ならびに男女・年齢構成の推移について推計を行うものである。

また、国立社会保障・人口問題研究所「将来人口推計とは-その役割と仕組み-」によれば、

  • 少子化等の人口動向について、客観性・中立性を確保するため、観測された人口学的データ(出生・死亡・人口移動など)の過去から現在に至る傾向・趨勢を将来に投影し、その帰結としての人口の姿を科学的に描いたもの。
  • 未来を当てる予言・予測を目的としたものではない。

とされている。

これまで大体「国勢調査」が行われた2年後までには公表されている。

直近の「国勢調査」は2020年に行われたため、「将来人口推計」は2022年中に公表されてもよかったものの、2020年はコロナ禍でもあったためか公表はやや遅れており、2023年前半には公表される予定とされている。

ところで、出生数の実績値と将来人口推計(各年版)の比較によれば、

  1. 中位推計で見れば1992年・1997年・2002年の各推計は超楽観的(上振れ)
  2. 中位推計で見れば2006年・2012年の各推計は(超)悲観的(下振れ)
  3. 2002年推計までは低位推計の方が玄逸の動きに近い動きを示していた
  4. 2006年推計以降、中位・高位・低位いずれの推計も現実の動きから乖離していて、将来を考えるうえであまり意味をなしていない
  5. 2017年推計は2019年(この年はコロナ前)以降実績値が将来人口推計から下方に大きく下振れしている

という特徴があることが分かる。

図1 出生数の実績値と将来人口推計の予測値の推移
出典:厚生労働省「人口動態統計」、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来人口推計」より筆者作成

近年の将来人口推計は、中位・高位・低位のいずれの推計も現実の動きと合わなくなってしまっているという事実はさておき、次期将来人口推計における出生の発射台(基準点)をどう設定するかについては、やはり大きな問題であることは確かであろう。

つまり、2019年以降の大きな落ち込みを新トレンドとみなすのか、それとも、2019年を一時的な落ち込み、2020~2022年をコロナによる異常値とみなすのか、である。

現状では、コロナが明けて婚姻数も戻ってきていることを考えると(婚姻後平均2.5年程度(2020年2.47年)で第一子誕生)、2024年以降、出生のリバウンドも十分考えられるところであり、なかなか悩ましい問題である。

一部識者は4月に統一地方選を控え都合の悪い情報は出したくないという政治的な思惑もあるのでは?としているが、単純にこうした技術的な問題も公表が遅れている原因の一つなのかもしれない。

また、今年1月に突如として岸田文雄首相により表明された「異次元の少子化対策」の効果は盛り込まなくてもよいのか?という問題もある。もっとも、政策効果は、「将来人口推計」は予測ではなく投影(projection)とされていることもあり、盛り込まれることは公式にはなさそうではある。

図2 将来人口推計と社会経済要因や政策効果との関係
出典:第16回社会保障審議会人口部会(2016年8月)資料

なお、社人研の資料によると、次の将来人口推計における出生の仮定設定に関する考え方は、足元の出生数の落ち込みは、コロナという例外的な外的ショックによる変動との理解のもと、

  • 今回の将来投影は、新型コロナ前の2019年までのデータを使う。
  • 2020~2022年に観察されている、婚姻・出生の落ち込みとその影響は別途見込み、仮定値に反映させる。

としている。

つまり、社人研のような理解に立てば、この場合、2019年の落ち込みは異常値ではなく正常の範囲内として推計に際して考慮されることになる。そして2019年の前年からの出生数の減少は5.3万人と、1990年以降では最大の減少数なので、今後の少子化の加速は不可避となるだろう。

そして少子化が加速するとなれば、当然、年金制度の持続可能性についてもマイナスの影響を与えるので、年金額の削減か、場合によっては保険料の引き上げを検討せざるを得なくなるだろう。

年金問題は、「年金記録問題(消えた年金)」「老後資金2000万円不足問題」など、選挙結果に大きな影響を与えてきた。特に、2007年に発覚した「消えた年金」問題はその後の政権交代につながった遠因でもある。

2019年の出生数の大幅な落ち込みを見れば、今般の新型コロナ禍がなくても少子化は加速していたに違いない。

「将来人口推計」と「財政検証」は次の国政選挙にとっての大きな山となるだろう。