起業して役に立つ/立たないサラリーマン経験

黒坂岳央です。

サラリーマンをしながら、空き時間を起業にあてる「週末起業家」の時期からカウントするとすでに10年以上が経過した。

起業を志した時から、勉強のためYouTubeやセミナーで現役の経営者たちの話をずっと聞いていたが、サラリーマン当時は全く理解できなかった話も、今見直すとよく理解できるようになった。気がつけばサラリーマン思考ではなく、完全に自営業者の思考や価値観に置き換わったと感じる。

よく言われることの一つに「サラリーマン時代の経験なんて起業すれば何の役にも立たない」という話がある。個人的にサラリーマンも自営業者も両方やってみて思うのが「役に立つ経験/立たない経験、にわけられる」という感覚である。

サラリーマンと経営者、どちらが上か下か?といった主に承認欲求の呪いによる低俗な次元からは一日も早く卒業すべきだが、事実としてそれぞれの立場の違いから有効な戦略や体験は存在するだろう。思うことを述べたい。

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起業して役に立つサラリーマン経験

起業して役に立つサラリーマン時代の経験はいくつかある。まずはサラリーマンの置かれた立場、思考、価値観を理解できることだ。

サラリーマンとして活躍するには、原則チームプレイヤーとしての立ち回りが必要だったり、自分の仕事や所属部署を第一義的に優先して「真の顧客は人事評価権を持つ上司」という感覚を持つことが重要である。これは日本企業、米国系外資の両方で日本人、外国人と働いてその両方で共通するポイントである。また、一部のフルコミッション系営業職を除けば、多くの給与体系は「no work no pay」の原則に基づく。そして土日祝が休みで月曜日が憂鬱というものである。

起業して感じることはこれらサラリーマンでは当たり前すぎる「常識」は、自営業者にはことごとく真逆に働くということだ。一人社長やフリーランスならチームプレイよりソロプレイヤーとして優秀である必要がある。また、起業すると上司は存在しないため、満足度を高めるべき対象は常にマーケットである。さらに、企業経営的に粗利を効率的に生み出す仕組みを作るなら、給与は毎月定額ではなく変動幅が非常に大きくなる。

たとえば筆者についていえば、先月の収入は2月や3月と比べて6倍くらいになった。しかし、先月に特別多くがむしゃらに働いたわけつもりはなく、むしろ家庭で忙しく過ごして普段よりあまり仕事をする時間が取れなかった。投下資本とリターンのタイミングのずれは普通にある、もちろん真逆に作用することもあるのでまったく油断はできない。

そして土日祝は子供の学校が休みだったり、取引先企業が休みで動けず月曜日が一番心待ちという感覚になる。仮にサラリーマン経験がまったくなければ、多くの割合を占める労働人口のニーズや価値観、金銭感覚を理解できないことになってしまう。マーケティングや顧客サポートをする上でこれは致命的だ。

さらにEメールでのコミュニケーションや、ビジネスマナーなどもそうだ。筆者も昔はスーツを着て、飲み会には半ば強制参加させられていたサラリーマンだった。その当時、上司から色々とマナーやコミュニケーション作法を学んだ。そのおかげで今でもお客さんとの支障のないコミュニケーションを取ることができている。サラリーマン経験をしておいて良かったと思っている。

起業して役に立たないサラリーマン経験

その逆に起業しても役に立たないサラリーマン経験もある。

それは売上や仕事の進め方についての考え方だ。たとえば一部のサラリーマンにおける売上のほとんどは「足し算」による考え方だ。たとえば商品サービスを販売する場合は、一人一人潜在顧客と面談をして丁寧に説明して売っていくというイメージである。売上を10倍作るなら、10倍の数の見込み客に販売する必要があるので、それには10倍の営業する時間が必要という感覚だ。

しかし、起業して一人社長やフリーランスになると「掛け算」としての考え方が必要になる。たとえばブログ記事やYouTube動画で自社商品やサービスの魅力を訴求するコンテンツを作れば、記事や動画を見た視聴者から売上が上がるようになる。今日日、ラーメン屋や結婚相談所、筋トレ教室などあらゆる企業でこのようなマーケティングをしているのを見かける。

この場合、動画が100再生と1万再生とではシンプルに売上が100倍UPする事がありえる。しかし、100回再生の動画を上手にハンドリングすれば、100倍以下の労力で1万回再生、つまり100倍の売上を作ることが事が可能なのだ。

だがサラリーマンをやりながらこのような掛け算的な売上を作るマーケティング力が必要な立場の人は極めて少数派であろう。サラリーマン時代に一人ひとりと上手に面談をして売上を作る力に長けた人物でも、起業して同じ売り方では時間の切り売りのようになってしまう。すぐさま持ち時間の限界値を迎える。

最大の違いは「時間の感覚」

これは役に立つ、立たないという次元ではないが、ついでにいうとサラリーマンと自営業者との最大の違いが「時間に対する感覚」である。自分自身、これが最も変化があったと感じる。

サラリーマンは会社で勤務すれば、とりあえず給与が入ってくる。つまり、お金は働く時間を使えば確実に会社から受け取れるものという感覚なのだ(自分もそうだった)。しかし、起業するとお金は創意工夫やアイデア、行動力や時間という経営資源を投じて増やすという感覚になる。結果、「Time is money」が骨の髄まで染み渡るような感覚へと変わる。

筆者がサラリーマンだった頃、勤務時間中なら多少つまらない時間の使い方をしても気にならなかった。たとえば財務経理部の時は銀行をいくつか巡って通帳記帳や収入印紙を購入して回る際、行員と雑談したりちょっとくらいコンビニに寄っても気にならない。勤務時間中なら多少ムダな行動をしても受け取る給与に変化はなにもないからだ(かといってすごくサボるわけにはいかないが)。

しかし、起業して特にクライアントワークが中心の人では、極端に時間にケチになる人は少なくない。友達と雑談をしている時や、ダラダラテレビを見ている時に「この時間、仕事にあてたらもっと収入を増やせる」とまるでお金を捨て続けているような感覚になるのだろう。

自分はそこまでではないが、サラリーマン時代と比べてムダな時間は避けるようになったのでかなり時間にケチになったかもしれない。多少お金をムダに失ってもそこまで気にならなくても、ムダな時間を使わさせられることは辛い。具体的に言えば、飛び込み営業の訪問や突然の電話営業をさせられることにはかなりのストレスを感じてしまう。

いつか起業したいと考えている人は長くなくていいからサラリーマン経験は多少はしておいても損はないと思っている。自分自身はサラリーマン経験があってよかった。そのおかげで学べたことは決して少なくなかったのである。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。