「社会の歯車として生きる人生」は本当に悪いのか?

黒坂岳央です。

仕事柄、ビジネスキャリアやスキル、就職や転職相談を受けることがある。「自分は社会の歯車で一生終えたくないんで!」と言われることが時々あって、その度に違和感がある。

話の文脈としては「替えがきく付加価値の低い仕事に従事する人材になるのではなく、専門性を高めてレア人材になって労働市場価値を高めたい」ということだと思うし、それ自体は正しい発想だ。単純作業より専門性が高い仕事の方がより高待遇だし、いざ転職となる際も有利になる。社会全体で見ても高付加価値として日本経済のGDPにカウントできる。

自分が引っかかったのは「社会の歯車として生きる」という部分だ。歯車は本当に悪いことなのだろうか?

ALotOfPeople/iStock

起業家や投資家も歯車

「起業して脱社畜して社会の歯車を抜け出せ」といった趣旨の煽りをよく見る。件の方もそうした投稿を見て転職を触発されたのかもしれない。だが個人的には「本質的には起業、投資家になっても原則、歯車としてしか生きられないのでは?」という感覚がある。ここを深掘りしたい。

筆者はフリーのプログラマーに仕事をクラウドソーシングしている。組むのに時間がかかったり、高度な技術が問われるものは積極的に制作を依頼して時間を買っている(最近はChatGPTで代替できる部分もあるが)。依頼を受けたプログラマーは納期までに仕事を仕上げて、成果物を戻してくれるありがたい存在だ。

彼らのようなクライアントワークでは、複数の案件をパラレルに走らせるケースも多く、かなり忙しそうに感じる。そして高いレビューを得るための仕事を意識していることが伝わってくる。「必ず高いレビューをつけて」とはいってこないが、「レビューをお願いします」と頼まれる。これは社会的な評価をシグナルを武器に、次の仕事をスムーズに呼び込むためだ。彼らはフリーで企業へ出社する必要はなくても、クライアントやクラウドソーシングのプラットフォーム上の評価にしばられている。

クライアントワークでなくても、従業員を雇って組織で企業経営するスタイルはどうか?このようなスタイルでも、現場で頑張るのは従業員にお任せで社長は何もしないということはありえない。人事や経営戦略、KPI達成や資金繰りなど対応するべきことは山ほどある。会社を放置すればどんな組織も確実に崩壊するので、社長も外で見ているより遥かに忙しく、手がかかる職業だ。むしろサラリーマンより24時間意識的コミットメントが必要になり、「社長業」は他の人におまかせできない属人性を有するため「会社の歯車」という感覚は抜けない。

翻って投資家はどうか?株や債券の個人投資家も市場流動性のメーカーでボラティリティをとるキャピタルゲインで利益を出すし、不動産投資も投資というより不動産業という事業に近い性質があり管理会社など利害関係者とのコミュニケーションを通じた意思決定プロセスをゼロにはできない。流動性を提供するのは投資の世界では付加価値と言えるわけで、その意味でマーケットにインする投資家も歯車として機能している。

つまるところ起業も投資も広義の「社会の歯車」と評することができる。歯車から抜け出す方法は、無人島で自給自足の生活をして一切の経済活動に関わらない状態くらいだろう。つまり基本的に役割が違うだけで、人間はみんな歯車なのだ。

便利な歯車になれ

人間はどこまでいっても社会的な動物という本質から抜けることはできないので、早期に歯車の運命を受け入れ「同じ歯車なら便利な歯車になろう」という発想を持つ方が健全だと思っている。

たとえば就職、転職直後の社員は歯車ではない。最初は誰しも何もわからないので、先輩や同僚の足手まといになる期間はどうしてもある。一日も早く戦力になる、つまり歯車になることで周囲からも有用な人材として受け入れられるのではないだろうか。

問題は歯車で収まってしまうことなどより、「歯車になれない」ことだ。昔から「組織にとって最も有害なのは無能な働き者」という言葉があるように、頑張ってもじゃまになってしまう立場は大変辛い。筆者にもこの経験はあるのでよく理解できる。まずは属人性のない歯車になり、そして専門性を高めるという順序で思考することが重要なのではないだろうか。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。