令和6年1月1日、石川県で震度7の大規模な地震が発生した。その後も震度5強の揺れがたびたび発生し、住宅が多数倒壊するなど大きな被害が出ている。電気・ガス・水道・通信と、インフラも一部地域では途絶えた状況が続いている。
早期の支援が求められる一方で間違った支援はむしろ被害を拡大する。災害発生時にはすでにお馴染みとなった、県庁や市役所に支援物資が山積みされ、その一方で避難所では物資が不足するというおかしな状況は、その「間違った支援」が産み出す。
個人個人が無秩序に被災地へ支援物資を送ってはいけない。
これはとっくに常識かと思いきや、石川県は個人からの支援物資の受け付け停止をすでに公表しており、今回の災害でも相変わらず無秩序な支援が行われている。そしてボランティアの受け入れも執筆時点では開始していない。支援物資同様、無秩序なボランティアも迷惑をかけるだけの間違った支援だ。
それにも関わらず、石川県への道路は一般の車両で大混雑して深刻な渋滞が発生している。すでに複数のメディアで報じられている他、わざわざ岸田総理のXアカウントで支援の邪魔をしないように警告まで出ている有り様だ。
馳浩石川県知事に至っては三連休に石川県に来ないようにとアナウンスする始末だ。被災地は旅行気分で行くような状況ではない。
非常時なんだからゴチャゴチャ言ってないでとにかく支援物資を送れば良い、さっさとボランティアに行けばいい、というやり方は役に立たないどころかかえってマイナスの効果を産む。さすがに千羽鶴や寄せ書きは邪魔であると理解されていると思いたいが支援物資とボランティアはそうではない。
これを理解して貰える形で説明するにはどうしたらいいか? そう考えて2017年に書いたものが「九州で発生した大雨の災害で、シロウトが被災者支援をすべきではない理由」という記事だ。
この記事には防災を専門とする常葉大学の小村隆史教授より「極めてまともな指摘」「この種の問題提起を(自分も含め)防災研究者が、メディアの目に留まる形で出来ていないことへの自戒を込めつつ、シェアさせてもらいます」というコメントを頂いた。
今回はその記事を大幅に再構成して、なぜ無秩序な支援が被害を拡大させるのか、改めてビジネス視点から説明してみたい。
「不要な支援」が「必要な支援」を圧迫する。
災害が発生し、悲惨な状況が各種メディアで報じられるたびに、現地へボランティアに行こう、支援物資を送ろう、と考える人がいる。それを無責任に煽るメディアも出てくる(今回もすでに出ている)。無秩序なボランティアや支援物資の輸送はかえって混乱するからやめるべき、と冷静な対応を求める人も現れる。
ボランティアに行きたい人や支援物資を送りたい人からすれば善意を否定されたようで不愉快かもしれないが、現状では何かをしたいなら募金をすれば良い。冒頭に書いたように無秩序な支援、つまり不要な支援が許されない理由は必要な支援を圧迫するからだ。
経済学の考え方に「機会費用(きかいひよう)」というものがある。何かを選ぶことは別の選択肢(とそこから得られるメリット)を捨てること、という意味だ。
辞書よりもウィキペディアでわかりやすい説明があったので、引用したい。
機会費用は、希少性(使いたい量に対して使える量が少ないこと)によって迫られる選択に際して生じる。「そのことをすると、他のことがどれだけ犠牲になるか」計算するものを機会費用(機会コストとも言い)と呼ぶ。つまり、一つのことをすると、もう一つのことをするチャンスがなくなることである。
(出典:ウィキペディア・機会費用のページより)
希少性とあるように、災害支援ならば現地への限られた貴重な輸送インフラをいかに効率的に使うか?という視点が必要になる。
機会費用で良く使われる例が大学進学だ。大学進学にかかる機会費用は学費だけではない。「大学に行かなければ働いて得られたはずの収入」も含まれる。別の言い方をすると大学進学で失うものは学費と働けば得られた収入であり、学費と失った収入を賄うだけの高い賃金を貰えないなら大学に行くのは損、ということになる。
無駄になっても良いという勘違い。
無駄になってもいいからとにかく必要そうなものを送ればいい、という考えが間違っている理由は機会費用で考えると明確だ。失われるのは無駄になった支援物資の費用だけではない。災害によってただでさえ細くなっている希少な輸送インフラが無駄遣いされ、結果として必要な物資が届かない。
総理が警告したように被災地への道路が深刻な渋滞に陥っているせいで、支援物資を満載したトラックや自衛隊の車両の到着が大幅に遅れる可能性がある。怪我人の搬送にも影響が出ているという。邪魔をしているのは、家族が心配で駆けつけようとしている人や、支援物資を積んだ小さい車、要するに役に立たない無秩序な支援の可能性が高い。どちらが優先されるべきかは言うまでもない。
役に立たなくても良いから困っている人がいるなら支援をしたい、という考えで物資を送り、ボランティアに行こうとする人が多数いると、結果的に役に立つ支援を邪魔してしまう。
これは災害発生時に現地へ電話をしないようにという話と同じで、家族や友人への安否確認の電話が殺到することで災害支援に必要な連絡の邪魔をしてしまう、ということで決して難しくはない。
繰り返すが、「不要な支援」はただ無駄になるのではなく、「必要な支援」の邪魔をする。「無駄になってもいい」で損をするのはあなただけではなく被災者だ。だから許されない。
メディアは軽々しく「必要な物資」を公表すべきではない。
2017年に起きた九州の災害では、現地に飛んだ報道ステーションのリポーターが手書きのフリップに現在避難所で足りていないものを書いて視聴者に伝えていた。どういった意図によるものかわからないが、報道機関として絶対にやめるべきなのだが、これもすでに今回の地震で多数発生している。
その報道を見て現地に支援物資を送ろうと考える人もいたかもしれない。無秩序に送られる支援物資が邪魔になることはすでに書いた通りだが、現地で必要とされる物資は刻一刻と変わる。
必要性・緊急性の高いものであればすぐに調達される可能性も高い。するとテレビで報じられた「一番必要なもの」はすぐに満たされ、「二番目に必要なもの」に使われるべき輸送インフラを、すでに不要となった物資の輸送で埋め尽くしてしまう。
この話に関係があるのはメディアだけではない。SNSで拡散される「○○市で紙オムツが足りていない」といった情報も全く同じだ。このような書き込みが大量にリポストやシェアをされることで、過剰な物資が現地に届いてしまう。そしてそれは他の物資が届くことを邪魔をする。
機会費用で説明したように、被災地の輸送インフラは極めて希少なリソース(資源)であることを理解すべきだ。
被災地で支援物資が使われないまま山積みになる理由。
災害時に必ず発生するものが山積みのまま放置される支援物資だ。
せっかく届けられたオニギリ等の支援物資が被災者に届けられないまま腐っている、物資が山積みのまま放置されている、といった話が報じられるたびに、筆者は「一体どうなっているんだ?!」と腹を立てていた。しかしモノを適切に届けることは極めて難しい。
必要なモノを必要な分だけ必要なタイミングで届ける。
そのようなことを非常時に、しかも専門知識も経験もない自治体職員が出来るはずもない。
工場の生産管理で使われる「ボトルネック」という考え方がある。これを理解すれば被災地にモノが届かないことも県庁で物資が山積みのまま滞ることも分かる。
ボトルネックとは言葉通り、ビンの口が胴体より細くなっている部分を指す。ビンをひっくり返しても一瞬で中身が全部出ていくことは無い。ビンの中の水が外に出ていくスピードは口の細さに「制約」を受ける。
全国から大量の支援物資を石川県まで送ることは簡単だが、それを被災者の手元まで届けるには膨大な手間が発生する。物資を仕分けしてそれぞれの地域に割り振り、配送しなければいけないからだ。この手間が「制約」となって、ビンから水が一瞬で出ていかないような現象、つまり山積みで支援が滞る状況となる。
足りないものは物資ではない。
支援物資はこういった仕分け作業や現地までの輸送が制約=ボトルネックとなる。県庁や市庁が支援物資であふれかえる一方で、物資が足りないと嘆く被災者がいる理由は仕分けと輸送がボトルネックになるからだ。
つまり足りないのは支援物資ではない。むしろ支援物資は災害のたびに過剰なほど送られている
2016年の熊本地震では支援物資を運んできたトラック運転手が荷物を下ろすために何時間も待たされることがあった。これはその時点で必要なものがすでに物資ではなく、荷物を下ろす、仕分けをする、被災者のもとに運ぶ、といった人手や輸送のためのトラックへと変わっていたことを意味する。
つまりは空っぽのトラックで駆け付けた方がよっぽど役に立つ可能性があったということだ。
個人が支援物資を送るべきではない理由は仕分けのリソースを浪費するからだ。一つの段ボール箱に古着や食料、水が入っていたところで、それを一体どう配ればいいのか。
まとまった数でまとめて届く水や食料と比べて仕分けのしやすさは雲泥の差がある。不用品を被災地に送るくらいならメルカリやYahoo!オークションで処分してそのお金を寄付すれば良い。
冒頭で紹介した防災を専門とする小村隆史教授は過剰な支援物資について以下のように説明する。
「援助物資は被災地を襲う第二の災害である」というのは、我々の業界では常識なのですが、しかし、そのことは世間の常識にはなっておらず、未だにメディアの「○○が足りません」報道がなされています。力不足を思うのみ、です。
過剰な物資が災害扱いされるほど深刻な問題になっているとは、支援物資の問題を記事で書いた筆者も腰を抜かすような話だ。
プッシュ型とプル型とインターネット。
無駄になっても良いからとにかく支援物資を送れば良いという考えは正しくないと書いた通りだが、行政の最初の支援はこの形で行われる。これをプッシュ型と呼ぶ。
品目は食料・オムツ(子ども・大人)・ミルク・毛布・簡易トイレ・生理用品・トイレットペーパーの八つの支援物資が決まっていて、まずはそれを早い段階で送ってしまう。なぜならニーズに合わせた支援=プル型のデメリットは、何が必要なのか調べている間にも食料等が不足する可能性があるからだ。
そのため支援の初期段階は備蓄品、その次がプッシュ型、その後は早期にプル型に切り替えるのが正しい手順とされている。山崎製パンの支援が称賛されているように、スムーズなプッシュ型支援は行政や企業が行うものであり、個人によるプッシュ型の支援は迷惑行為でしかないと書いた通りだ。
現在は人工衛星を通じたネット環境を提供する、スターリンクというサービスがある。スターリンクは電源を入れてアンテナを空に向けるだけでインターネットに繋がる。
ネットさえ繋がれば、どの避難所に何人の被災者がいるのか、年齢や性別の構成、怪我人の有無、不足しているものなど、災害発生時の情報収集はこれまでにないほど容易になる。水がない、水はあるけど食料が足りない、小さな子どもはいないからミルクとオムツは不要、など避難所によって状況はバラバラだ。プッシュ型からプル型への早期移行にネットは最大限活用されるべきだ。
必要なものを必要な分だけ必要なタイミングに送る、トヨタのジャストインタイム方式は災害支援でも理想系と言える。当然、これは避難所の情報がなければ実現不可能だ。
執筆時点でも携帯各社の通信が繋がらない地域がまだある。電波の繋がらない避難所にはスターリンクを今からでも導入して良いくらい……と考えていたら早速活用されていると報じられている。
支援物資が行き届いた後は、ストレスの貯まる避難所生活で最も不足するものが娯楽だ。これもインターネットさえ繋がれば無限にコンテンツを提供出来る。YouTubeでも音楽でもゲームでもライブ配信でも漫画でも種類を問わない。電気、ガス、水道と並んで通信も立派なライフラインだ。
そしてスターリンクを運営するSpaceXはアンテナが無くとも携帯端末と直接繋がる衛星の打ち上げに成功したと年明けに報じられた。要するに衛星が携帯基地局になる仕組みで2024年内にサービスを開始するという。この仕組みにより災害支援は劇的に変わるだろう。
役に立たないボランティアはゼロではなくマイナス。
2016年の熊本地震ではマスコミによる二つの事件が大炎上した。しかもそれは災害に直接関わる話ではない。
一つは被災地へ取材に訪れたテレビ局の取材班がガソリンスタンドの行列に割り込んだこと、もう一つは食糧が不足している被災地で弁当を調達し、それをツイッターでつぶやいたアナウンサーが批判されたことだ。
筆者はこのトラブルを、アナウンサーやスタッフの個人的な問題ではなく、準備不足で災害報道に臨んだテレビ局のガバナンスとコンプライアンスの問題であると指摘した。
ボランティアの受け入れをまだしていないと石川県が明言している以上、勝手に被災地へ行く「野良ボランティア」は全て自己責任で行動する必要がある。しかしインフラすらまだ完全復旧してない地域がある事を考えると、自衛隊のように自らの食事まで自力で完結するだけの支援能力がなければ到底役には立たない。自衛隊と比べれば全てのボランティアは「準備不足」だ。
そして役に立たないだけではとどまらず、大炎上したテレビ局のように現地で迷惑行為を行ったり、最悪の場合は被災してしまう可能性すらある。無秩序なボランティアは本来被災者に使われるべき希少なリソース(食料、ガソリン、救助のマンパワー等)を消費する。
機会費用の考え方で無秩序な支援物資は迷惑行為と指摘したように、無秩序なボランティアもまた深刻な迷惑行為であり、被災地で役に立たないことは「ゼロ」ではなく「マイナス=迷惑」であることを改めて認識すべきだ。
「援助物資は被災地を襲う第二の災害」とあるように、現在石川県に殺到する一般車両については「あなたも災害だ」と指摘しておく。しかもわざわざ総理や知事が警告するのだから、極めて深刻な災害である。
実際に物資を届けて喜んで貰えたという反論には(そのような報道もすでにある)、あなたが石川県に行かなければもっと大規模な援助がもっと早く届いていた、その邪魔をしている自覚はあるのか?災害を自己満足の場所に使うな、と答えておく。これがまさに機会費用の考え方だ。
最後になりましたが、今回の地震で亡くなられた方に哀悼の意を表します。また、被災地の一日も早い復興をお祈り申し上げます。
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中嶋 よしふみ FP シェアーズカフェ・オンライン編集長
保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」
公式サイト https://sharescafe.com
Twitter https://twitter.com/valuefp
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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2024年1月6日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。