ロシアの核戦略と日本の選択:小泉悠『オホーツク核要塞』

David Ziegler/iStock

日本の北方に、ロシアの「核要塞」が広がっている――。

人知れず極東で進められているロシアの核戦略を、超人気軍事研究家がロシア軍内部資料と衛星画像インテリジェンスから明らかにする。/さらにウクライナ戦争と極東ロシア軍との関わり、日本のあるべき対ロ安全保障政策についても解説。

版元(朝日新書)がこう宣伝する、小泉悠准教授(東京大学)の最新刊『オホーツク核要塞 歴史と衛星画像で読み解くロシアの極東軍事戦略』が発売された。今回も、前回と同じ理由により、同新書を紹介したい。

なぜ、いま「オホーツク核要塞」なのか。同書は「はじめに」、「地政学の時代におけるオホーツク海」と題して、こう述べる。

現代のSSBM(弾道ミサイル搭載原子力潜水艦・潮注)が搭載する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は原則的に全て核弾頭搭載型であり、しかも多くは複数個別再投入体(MIRV)化されている。つまり、1発のSLBMには複数の核弾頭が搭載されているわけであるから、たった1隻でもSSBNが生き残れば、100カ所内外のターゲットに対して広島・長崎型原爆の10倍にも及ぶ威力の核弾頭で報復を行うことが可能だ。いうなれば、日本の北側はロシアの核抑止力を支える拠点であるわけで、隣国ロシアとの関係を考える上でも北方領土問題を理解する上でも、こうした軍事的視点は欠くべからざるものと言える。

そのうえで、「以上のような話は、国際関係や安全保障に関心を持つ読者にとって、半ば常識であろう」と続けながら、「では、その実態を、我々はどれだけ知っているだろうか」と問いかける。

公正を期すため、予め断っておこう。私が「協力」している人気コミック『空母いぶき GREAT GAME』(小学館)のモチーフも上記と重なる。

いや、モチーフだけではない。同書は「冷戦期のソ連」による「より可能性が高かった」「シナリオ」として、こう述べる。

例えば、米ソ間で軍事的緊張が高まったタイミングで、サハリンから出撃した着上陸部隊が稚内を電撃的に占拠し、イワン・ロゴフやアレクサンドル・ニコラエフがそこに重装備を揚陸することで、容易に排除できない海岸陣地を作ってしまう、ということは十分にあり得ただろう。/この場合、宗谷海峡を監視している陸上自衛隊の沿岸監視隊や航空自衛隊の警戒群、そして海底のLQO‐3を運用する海上自衛隊分遺隊も排除されるわけだから、SSN(原子力潜水艦・潮注)やSSGN(巡航ミサイル搭載原子力潜水艦・同前)は自由に太平洋に進出して外堀としての役目を果たすことが可能になったはずである。

コミック愛読者なら、お気付きのとおり、上記は、前出『空母いぶき GREAT GAME』のストーリーと重なる。ちなみに小泉悠さんには、単行本の『空母いぶき GREAT GAME』第7巻に解説文を御寄稿いただいた。この場を借りて、改めて御礼申し上げたい。

小泉本では「筆者の契約している衛星画像サービスを用いた『勝手偵察活動』の成果」が遺憾なく発揮されている。たとえば「このようにして割り出されたSSBNのパトロール航海は次の3つで、期間は概ね1カ月から2カ月弱であった」等々、極東ロシア軍の活動を日時や場所を特定しつつ分析している。これだけでも購読に値する。

さらに、小泉准教授が「第二次ロシア・ウクライナ戦争」と呼ぶ現在のウクライナ情勢と、「オホーツク海の聖域との関係性」について、こう述べる。

図式化して述べるなら、これは二重の構造をとるものと理解できよう。その第一層は最も基本的なもの、すなわち戦略核戦力による全面核戦争の抑止(戦略抑止)であって、ここにおいてオホーツク海の聖域が果たす役割については本書の中で繰り返し述べてきた。オホーツク海(あるいはバレンツ海)が聖域である限り、米国がロシアの侵略行為を実力で阻止する可能性は一般に低く見積もる余地があるということだ。二つの聖域とウクライナの戦場は、こうした意味において真っ直ぐ結びついている。

同書は「日本としての対露戦略」として、「真っ先に選択肢に挙がるのは統合航空ミサイル防衛(IAMD)能力の獲得・強化であろう」と指摘したうえで、最後をこう結ぶ。

繰り返すが、日露間における軍事紛争の可能性はそう高いものではない。抑止力の本丸はあくまでも中国と北朝鮮の対処なのであって、なるべく安く、「ありもの」で対露抑止の信憑性を高めることが日本にとっての戦略的課題と言える。

おっしゃるとおりだが、専門家がそろって、「第二次ロシア・ウクライナ戦争」を見誤ってきた経緯を思い出せば、やはり油断は禁物ではないだろうか。

蛇足ながら同書は、この拙稿が冒頭から「潮注」を入れてきたように、以下のとおり、問題も抱える。

本書では、このような筆者のオタク気質を全開にしてみた。それゆえに大量の略語や軍事用語が溢れ、決して読みやすい本とは言えない、という自覚はある。

それを承知の上で、公私ともに本書を強く推す。