政府がある産業や地域に投資することで、経済が活性化し、別の分野も巡り巡って恩恵を受ける、という意見を聞くことがあります。
本当にそうでしょうか?
政府の財政出動により景気が良くなるという積極財政の考え方は、ケインズ主義そのものです。
それが正しいのであれば、政府支出が非常に多い日本で、経済成長があまり見られず、実質賃金が下がり続けているのはなぜなのでしょうか?
今回は、このような政府支出に関する話で、アメリカの自由主義系のシンクランク「ミーゼス研究所」のHPに掲載されている論文を紹介します。
David Brady, Jr.氏の「The Myth of National Defense Spending(直訳:国防費の神話)」という、3月1日掲載の論文です。
アメリカは国防費が膨大なので、この論文は国防費の話ですが、政府が防衛産業に支出しようが、道路インフラに支出しようが、半導体産業に支出しようが、「政府支出」という意味では同じです。日本の政府支出に置き換えて、考えていただければと思います。
さらにはオリンピックや〇〇万博など、地方自治体の支出も、民間企業ではなく、公費という意味で同じです。
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The Myth of National Defense Spending(国防費の神話)
経済学の分野で最も根強い神話のひとつが、「政府支出による経済への恩恵」です。
擁護論者は、あたかも政府の生産が本当に “生産的 “であるかのように、政府支出を国内総生産の指標に含めます。
政府支出を支持する一般的な論拠は、国防費です。
トミー・チューバビル米上院議員(共和党)はツイッターで、ウクライナとイスラエルにさらなる資金を送ることになる防衛計画に反対票を投じると宣言しました。
アメリカン・エンタープライズ研究所のシニアフェローであるマーク・ティーセン氏は、同議員を引用して以下のようにツイートしました。
「ウクライナの援助金は、アラバマ州で以下のシステムを生産するために使われます:高機動砲ロケットシステム(HIMARS)、ジャベリン、M1A1エイブラムス戦車、M2A4ブラッドレー歩兵戦闘車、ヒドラ70ロケット、M777榴弾砲部品(パラディンM109A7)、M88A2重装備回収戦闘用ユーティリティ・リフト避難システム(HERCULES)車両、ストライカー装甲兵員輸送車。
これは、あなたの有権者に雇用を創出し、アラバマ州の工場で組み立てラインを稼働させ、米国の国家安全保障に貢献するものです。
なぜアラバマ州の防衛雇用に反対するのですか?」
国防費を倫理的に論じることはできますが、それは別の分析です。
この発言が正確かどうかを解明することが重要です。
国防支出を増やすことは、有権者や消費者にとって有益なのでしょうか?
まず、国防費を増やすことに賛成する議論を正確に描写してみましょう。
その主張は次のようなものでしょう。
「国防総省への支出を増やす法案は、民間メーカーに政府契約という形で支払われる。これらのメーカーは雇用を増やし、国防用品を増産し、一般的に『経済を活性化』させる。これらの雇用は労働者の賃金につながり、その労働者は他の産業の商品を購入するようになる」
ティーセン氏の議論はさらに続きます。
法律が可決される際、その法律は特定の地域内の請負業者を対象としている場合があります。議員は新たな雇用という形で有権者に利益をもたらすのです。
したがって、議員にとっては、自分の選挙区に雇用をもたらすので、そのような法案を支持するインセンティブがあります。
これはしばしばポーク・バレル法案と呼ばれます。
議員たちは、議会を通過する法案に、有権者や特別な利害関係者のための政府支出を詰め込むのです。
この方法は、法案を支持するすべての人々にとって「有益」なものにすることで、法案への賛成票を集めるために使われます。
より多くの票を得るために修正案が提出され、その利益は次の選挙で投票する有権者にさらに分配されます。
これは、あまり人気のない特別利益法案を助ける戦術としてよく使われるやり方です。
この方法に対する最初の適切な批判は、法律と契約の資金調達に関するものです。
倫理的な批判ではなく、経済的な批判です。
政府支出は何らかの方法で賄われなければなりません。
その3つの手段とは「課税」「インフレ」「借入」です。
この3つは言い換えると「課税」「隠れ課税」「繰り延べ課税」です。
これらは常に、国民に対する税金です。
最も分かりやすいのは、通常の課税と借入です。
課税は簡単に理解できます。
借入金とは、将来の利子付き国債の返済を期待して、民間ドルと引き換えに国債を発行することです。これは将来の課税を約束するものです。
インフレは、中央銀行が後者のプロセスに介入することによって起こります。
中央銀行は、米国でプライマリー・ディーラーと呼ばれるものから国庫債券を購入し、製版印刷局を通じて現物の通貨を注文するか、FRBの口座に追加するという形で新たなマネーを生み出します。
財政支出を賄うための新たな通貨は、特にローン市場を通じて民間部門の価格を吊り上げるでしょう。これらの方法はすべて逆進的であり、低所得者ほど負担が大きくなります。
単純な課税であれば、市場への影響は明らかです。
税金は、所得か何らかの財やサービスに付随します。財やサービスに付随する場合、例えばタバコに課税する場合、市場での交換が少なくなるため死荷重の損失が生じます。
所得に対する課税は、所得の減少をもたらします。
所得は最も緊急なニーズ、つまり私たちが最高位のニーズと呼ぶべきものだけに振り向けられることになります。
生産を刺激するような商品を消費し需要する能力は低下します。
貯蓄する能力も低下し、将来の生産可能性やローン市場に悪影響を及ぼすでしょう。
インフレも同様に支出に影響を与えます。
インフレは商品やサービスの価格を引き上げます。物価がさらに上昇することを恐れて、消費者はその場しのぎの消費をするようになります。
その結果、より低次のニーズを満たす商品への需要が減少します。
オーストリア学派は、このようなプロセスを通じて景気循環がどのように生じるかをさらに詳しく説明しています。
政府によるすべての資金調達方法は、消費者と消費者に対応する生産者の行動を歪めるのです。
資金調達から引き続き、政府事業の請負業者自身の行動が市場に影響を与えます。
この理解の基本は、市場価格の理解にあります。
市場価格は、消費者が示した選好から生じます。
消費者は、ある価格で商品を買ったり買わなかったりします。
生産者は、商品やサービスのある価格を予測して、意思決定を行います。
生産者と消費者が、それぞれの選好と需要に従って行動することは、土地、労働力、資本の適切な調整にとって極めて重要です。
政府の請負業者は、株主から与えられていない資金で市場に参入します。
彼らは資本を購入し、土地を借りたり購入し、そして人を雇用します。
政府の行動は、個人の行動ではありません。
政府の行動は、強制的に奪われたお金(税金)によって賄われるのです。
政府の請負業者は、個人の需要に応じて商品を提供するのではありません。政府機関の大きな要求に対して商品を提供しているのです。
これらの業者は、真の消費者のために商品を生産する自然な市場現象ではないのです。
土地、労働力、資本のような資源は、それ自体が目的として需要されません。それらが評価されるのは、低次の商品(最も低いのは消費財)を生産するために使用されるからです。
例えば、マクドナルドのフランチャイズ店が購入するハンバーガー用の丸いパンは、店がそれを消費したいから評価されるのではありません。
店が販売を希望する商品(ハンバーガー)を作るために使用されるから評価されるのです。
マクドナルド店が雇用する労働者についても同じことが言えます。
彼らの労働力は、彼らが消費者に売りたい商品を生産するために要求されるのです。
事業のために借りたり買ったりした土地についても同様です。
これらの資源は、高次の財なのです。
企業家は、生産しようとする低次商品(例えば、ハンバーガー)の市場価格の予測に基づいて、どの土地、労働力、資本、工程を採用するかを決定します。
政府の請負業者はこのようなことはしません。
政府の請負業者は、すでに契約から収益を確保しています。
彼らは商品の市場価格を考慮しないので、高次財(低次財を生産するための資源)の価格もまた考慮されないことになります。
通常であれば消費者向けの商品を生産するために使われるはずの資源は、代わりに政府向けの請負業者に使われてしまいます。
彼らは資本をめぐって競争し、より高次商品の市場価格に影響を与えます。これらの商品への需要が高まれば、その価格は上昇し、政府の請負業者は消費財を生産する産業から資源を流用することになります。
その結果、消費者の生活は悪化します。資源は、政府の請負業者に使われてしまうのです。
こうして、”公共財問題 “にたどり着きます。
典型的な公共財分析では、公共財とは “非排他的 “で “非競争的 “な財であると説明されます。つまり、公共財はすべての市民が利用可能であるか、利用しても供給が減少しないか、あるいはその両方だと説明されます。
問題は、いわゆる財と呼ばれるものの多くが、これらの条件を満たしていない可能性が高いということです。
公共財とは、政府が財やサービスを独占すること、と表現した方がいいかもしれません。
公共財の問題点は、フリーライダー問題と適正価格の欠如です。
今回は「適正価格の欠如」に焦点を当てようと思います。
市場に価格がないということは、「需要の欠如」か「政府による財の完全な独占」のいずれかを意味します。
これらの商品に対する需要は、個人が戦闘機や新型艦艇、ミサイルを求めた結果ではありません。許されればそうなるかもしれませんが、今のところは政府による宣言の結果なのです。
メーカーからのこれらの商品に対する需要は、消費者の実際の需要を反映していません。これらは平均的なアメリカ人が消費する商品ではありません。これらの商品は「生産的」(つまり自然市場の結果)ではありません。
消費者の役に立つ商品ではなく、政治家や国防総省の、将来予想される紛争を条件とする命令を受け取った結果なのです。
ティーセン氏の主張とは裏腹に、これ以上の政府支出は必ずしもアメリカ人を助けることにはなりません。支出を賄う方法は、消費者や生産者に害を与え、市場を歪めるでしょう。
通常の課税、繰り延べ課税、隠れ課税のどの方法をとるにせよ、市場は本来の活動から歪むことになります。
労働者や資本を含む資源は、本来は真の消費財に流れるはずですが、その代わりに政府の要求に流用されることになるのです。
消費者が求める物質的な商品やサービスを市場に提供させるのではなく、政府は生産性の高いアメリカから資源を吸い上げているのです。
政府が溝を掘っても、国民の幸福にはつながらないのです。
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論文の紹介は以上となります。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
国防費については、経済的にはマイナスでも、安全保障の意味で必要なことはあるでしょう。
しかし、その国防費について「経済を活性化させるのにも役立っている」と言うのは間違っています。そこは混同してはいけないと思います。
編集部より:この記事は自由主義研究所のnote 2024年3月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は自由主義研究所のnoteをご覧ください。