静岡県の川勝知事が辞任して、一番ほっとしているのはJR東海の社員でしょう。2027年に開業する予定だったリニア中央新幹線の名古屋までの路線も、ようやく工事を再開できそうです。でもそれは本当に必要なんでしょうか?
Q. リニア中央新幹線って何ですか?
これはリニアモーターカーという超伝導で車体を浮かせる超高速車両で、東京―大阪間を最高時速500kmで結び、67分に短縮しようという壮大な計画ですが、静岡の問題で工事は7年遅れました。
地上をほとんど走らず、東京・名古屋間の86%はトンネルです。大阪までのルートはまだ決まっていませんが、2037年までに開通する予定でした。これもかなり遅れるでしょう。
Q. なぜ新しい新幹線をつくるんですか?
この計画は1990年代から始まりました。当時は日本の輸送需要が急増し、東海道だけでは収容できなくなると予想されていたからです。ここにリニアモーターカーを走らせようというのはJR東海のアイディアで、同社の葛西会長が推進しました。
Q. これで便利になるんでしょうか?
大阪まで開通すると、品川から名古屋までが40分、大阪まで67分で結ぶというのが売り物です。しかし品川の新幹線駅は地下40mの大深度地下なので、降りるのに10分、昇るのに10分かかります。
この20分を足して、品川からの東海道新幹線(のぞみ)や飛行機の所要時間を比較すると、次のようになります。
名古屋 | 大阪 | |
東海道 | 87 | 136 |
飛行機 | 60 | 65 |
リニア | 60 | 87 |
いずれも東海道よりは早いが、飛行機よりは時間がかかります。飛行機の場合は20分前に手荷物検査があるので、それを含めると大阪まで85分ですが、リニアも手荷物検査が必要になる可能性があります(JRが検討中)。その場合は大阪まで107分です。
Q. 新幹線の乗客は増えるんでしょうか?
減るでしょう。図のように東海道新幹線の乗客はGDPとほぼ比例して増えましたが、2018年をピークに減っています。コロナの影響が大きかった2020~22年を除いても、ピークから20万人ぐらい減っています。
Q. それはなぜですか?
第1に人口が減り、高齢化しているからです。大阪まで開通する2040年ごろには、人口は約1億人になり、そのうち4000万人が65歳以上の高齢者です。新幹線に乗る現役世代の人口は、ピークに比べて30%減る見通しです。
第2にコロナ以後はリモート会議が増えました。最近はインバウンドの観光客が増えていますが、こういう乗客がトンネルだらけで景色の見えない中央新幹線に乗ることは考えられません。
Q. 総工費はいくらですか?
名古屋まで約5.5兆円、大阪まで開通すると約9兆円という見通しでしたが、その後、名古屋まで7兆円と修正されたので、全体では10兆円を超えるでしょう。
JR東海はリニアの運賃を新幹線より700円ぐらい高くすると言っていますが、これでは工費を回収するのに何十年もかかります。
Q. リニア新幹線は黒字になるんでしょうか?
なりません。2013年の記者会見で、JR東海の山田佳臣社長は「リニアは絶対にペイしない」と断言して話題になりました。中央線は大阪までの乗客を東海道線と分け合うだけなので、もともと単独では黒字にならない路線なのです。
JR東海は完成時の輸送量を2011年の輸送実績の1.2倍以上と予想していますが、これは非現実的な数字です。新幹線の混雑も品川駅の開業や増便で緩和されているので、リニア新幹線は過剰設備になるおそれが強い。
Q. では何のためにやるんですか?
JR東海は、災害のバックアップのためと言っています。南海トラフ地震が起こった場合、東海道新幹線が寸断されて日本経済がまひするのを防ぐためということです。
南海トラフ巨大地震の想定震度(中央防災会議)
ところがこの震度分布図を見ると、中央新幹線のルートもほとんどが震度6弱です。リニアモーターカーはトンネルの中を時速500kmで走るので、地震でトンネルが崩落すると東海道新幹線より被害が大きくなるかもしれないと専門家は心配しています。
Q. でもリニアモーターカーの技術は大事ですね?
日本のリニアの技術は世界一なので、これを温存する意味はあります。でもリニアは大陸の平地で長距離を走るのに向いており、日本のように山の多い地形では工費がかかりすぎます。アメリカやオーストラリアなどにプラント輸出したほうがいいでしょう。
Q. JR東海の経営は大丈夫ですか?
最大の問題は、30年の長期資金をいかにして調達するかです。JR東海は0.4%という低金利で20年債を発行しているので、金利負担は2400億円ですが、金利が上がってきました。長期金利が2%に上がると、金利負担は1兆2000億円になり、工費は1割以上も上がります。
そこで安倍政権が0.3%の固定金利で融資しましたが、その財源とする財政投融資は、かつて赤字ローカル線をつくるのに利用された「第2の予算」です。赤字のリニアを強く推進してきたのが、国鉄民営化の最大の功労者だった葛西さんだったのは皮肉です。
Q. でも今さらやめられませんね?
リニア新幹線は葛西さんが安倍政権のバックアップで始めたプロジェクトなので、社内には経営の重荷になるという消極論もありました。静岡県の工事ができなかったため工事は7年延期され、まだほとんど進んでいません。西半分はルートも決まっていません。
JR東海の2024年3月期の経常利益は3300億円ですが、リニアの工事を続けると、赤字になる可能性もあります。今までかかったコストは、名古屋駅の地下で掘削がおこなわれている程度で数千億円。これは工事を進めてもやめても変わらないサンクコストなので、JR東海は撤退を考えてはどうでしょうか。