「ありのままのあなたでいい」を信じてはいけない

黒坂岳央です。

「偽りの仮面などいらない。そのままのあなたでいい」という趣旨の言葉をSNSで見ることがよくある。大変聞き心地の良いセリフであり、仕事や家庭に疲れた人には響いている。概ね、反響も良い事が多い。

だが個人的には、この言葉を真に受けるべきではないと思っている。特にビジネスの文脈において、この姿勢は致命的になり得る。理由はシンプル、それをすると自分が損をするからだ。

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ビジネスマンを演じる重要性

誰しも、職業に応じて役者を演じているのが普通である。

学校では学生を演じ、そしてカフェでは店員さんになる。親の前では子になるだろう。「ありのままの自分」というのは、こうした文脈ごとに好ましい振る舞いを一切無視して、資本主義社会ではなく自分の心の声にこそ耳を傾けるということを意味する。確かに心は楽だが、それでビジネスの取引先として魅力に感じるかは別の話である。

時折、フリーランス駆け出しの人で「自分は仕事よりプライベート優先します」「取引先は自分が選ぶ側の立場だ」といった内容をPRする人がいる。つまるところ、これがマーケットニーズより自分を優先するという姿勢である。

だが正直いって、よほど飛び抜けた特異性や強みがあるか、すでに十分蓄財を済ませて仕事は半分趣味でやっている、といった人でない限りは難しいだろう。このような相手をビジネスの取引先に積極的に選びたいと思う人は少ないのではないだろうか。

飛び抜けた才能などない普通のビジネスマンが履歴書にそのように自分本位のニーズを書いた場合、採用を考える側が相手にどういう印象を持つか?ということを想像できれば、この姿勢の危険性が理解できるはずだ。

知名度や影響力のある大物や、その人にしか出来ない特別な能力を持っているなら話は別だが、多くはそうではない。仕事の成果物はコモディティであり、つまりは代替品である場合が多い。そう考えると、ありのままの自分の欲求を堂々と出してしまうことは、自ら仕事の可能性を狭めてしまうと言えるだろう。

ありのままの自分、の末路

世間的に見た好ましいあり方を無視して、ありのままの自分でいることには大きな問題点がある。それは人間が本来持っている本能に従うということだ。

人間はポジティブよりネガティブに3倍強く反応する。スキルやビジネスに挑戦する時は、やるべきことではなくやりたいことに終止する。リスクは一切取らず、心地いいコンフォートゾーンから出ずに成長より停滞を選ぶ。徹頭徹尾、本能に従って生きることは一切の成長や発展性がなく、自分の頭で考えず大衆に流される道を選び続けるということになる。

仮に自分が身を置く環境が非常に好ましいものであり、自分が何ら努力をしなくても周囲の好ましい環境に引っ張られて自然に上昇するようならそれでも良いだろう。だが世界の変化は非常に早く、今や世界のどこ国に身をおいても厳しい生存競争に晒されている現状がある。

「社会に迎合したくない、自分らしくありたい」という件の提案はまるで弱者の戦略に聞こえるが、その実、経済的にも人格的にも独立している強者に許された戦略なのである。知名度も影響力もあるビジネスマンが「自分は仕事よりプライベート優先します」「取引先は自分が選ぶ側の立場だ」といっても尚、多くの仕事が寄せられるだろう。ありのままの自分を受け入れてくれるのは、誰もが強者と認識している相手だけなのだ。

人間の持つ可能性と強みとは、いかに主観を捨てて客観性を獲得し、社会の環境変化に正確に認識して対応することで常に自身の優位性を確保するかだと思っている。自ら客観性を捨ててしまう行為は気心のしれた親友や家族間の人間関係ではワークしても、ことビジネス界で持ち込むと自らを不利にしてしまうだろう。少なくとも強者になるまではそのような姿勢を出さない方が懸命だろう。

 

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ビジネスジャーナリスト
シカゴの大学へ留学し会計学を学ぶ。大学卒業後、ブルームバーグLP、セブン&アイ、コカ・コーラボトラーズジャパン勤務を経て独立。フルーツギフトのビジネスに乗り出し、「高級フルーツギフト水菓子 肥後庵」を運営。経営者や医師などエグゼクティブの顧客にも利用されている。本業の傍ら、ビジネスジャーナリストとしても情報発信中。