【映画と心理学】幽霊と愉しむ、怒りの美しさと人の性

突然ですが、映画監督のグ・スーヨン氏をご存知でしょうか? 映画だけでなくビールなど飲料系のCMも多く手掛けているので、映画に興味がない方もグ・スーヨン監督の作品はきっとご覧になったことがあると思います。

個人的には1990年代に「私脱いでもすごいんです」で話題になった北浦共笑さん出演のTBCのCMが印象に残っています。いずれにしても、インパクトの強い作品を出す監督です。

そのグ・スーヨン監督の「幽霊はわがままな夢を見る」、心理学的に非常に興味深い映画ですのでご紹介します。

この映画、観終わったらなんとも言えないカタルシスがあるんです。主人公を取り巻く問題は何も解決していないのに…。まあ、私たちの日々の暮らしもそういうものですよね。みんな、解決しない問題を抱えながら生きているのですから。

そして、この映画をさらに面白くしているのは、登場人物それぞれの「解決しない物語」が幾重にも重なり合いながらも、決して彼らの心が交わらないのです。正直、もどかしい…。ですが、そのもどかしさが強い分、最後に「わずかな点」がつながるカタルシスがあります。

俳優のみなさまの良い意味での「癖」もそれぞれ物語をさらに魅力的にしていますので、素人が見ても楽しめる素晴らしい映画です。

誰もが観る価値がある一作です。ここではネタバレ一切なしの心理学解説になりますが、ぜひ映画そのものも御覧いただければ幸いです。

幽霊はわがままな夢を見る グ スーヨン監督による下関ムービー
幽霊はわがままな夢を見る ⼥優を夢⾒て東京に出ていくも上⼿くいかないユリ(深町友里恵)。祖⺟の死をきっかけに故郷・下関に戻り⽗・冨澤(加藤雅也)の地元FM局の仕事を⼿伝う事に。しかし⾃分の才能の無さに益々落胆、次第に「死」を意識する。ユリの前には時々、姿を現す影の薄い⻘年(西尾聖玄)と昔ユリにいじめを受けたとつきまとう...

「怒りの美しさ」と「人の性」

さて、概要やあらすじは専門のサイトでご覧いただくとして、ここでは心理学的な見どころを2つ解説したいと思います。

表題にもしていますが、一つは「怒りの美しさ」、そしてもう一つは「人の性(さが)」です。

この映画は、この2つが監督独特のリズム感の中で見事に描き出されています。

美しい怒りと醜い怒りの境目

まず、「怒りの美しさ」について。突然ですが、あなたは美しい怒りと、醜い怒りの境目をご存知でしょうか?

実は心理学的には怒りと悲しみは裏表の関係にあります。意外と知られていませんが、怒りと悲しみは本質的には同じものなのです。

そして、怒りの背景にある悲しみが共感できるものであるほど、怒りはその人を美しく彩るオーラのようなものになります。北斗の拳のケンシロウやMarvelムービーのAvengersがカッコよく見えるアレです。

魅力的すぎる主人公ユリの怒りっぷり

女優、深町友里恵さんが演じる主人公ユリはほぼ全編で怒っています。というより、ずっとブチキレています。ネット上では魅力的でキュートな笑顔がたくさん見つかる素敵な女優さんなのですが、この映画ではそれはほぼ見られません。彼女の笑顔のファンの方はがっかりしてくださいね。

ですが、その分、最上級の怒り顔を堪能できます。そして、その怒りはとてつもなく自分勝手でワガママです。見る人が見たら嫌悪感を覚えるかもしれない、ギリギリの線を攻めるレベルのワガママです。悪い言葉になっちゃいますが、「クソみたいな」などと形容したくなるレベルです。

なのに、なぜかこのキレ方には惹きつけられるのです。私も映画を見ながら「周りにこういう奴がいたら絶対に嫌だ」と思いながら、どんどん惹きつけられていきました。なぜ、惹きつけられるのか、心理学者の悪い癖で心理学的に考えてしまいました。

私たちが逃れられない「人の性」

そして答えが見つかりました。それは、たとえワガママであったとしても、この怒りの裏にある深い悲しみが、私たちが決して逃れられない「人の性」から生まれているからです。

主人公のユリは、本当は果てしなく悲しんでいます。その悲しみは一言では言えないほど深いのですが、可能な限りシンプルに表現するなら「自分の価値を他人に決められてしまう」ことから来る悲しみです。

私たちはみんなユリかもしれない

主人公のユリがどのように価値を他人に決められて来たかは映画でご覧いただきたいのですが、これは実は私たちはみんな同じです。私たち人間は自分の価値を自分で決められない動物なのです。

私たちは生き物です。生き物なのですから、本来は「生きていればそれでええ」はずです。なのに、人間は他人が決める自分の価値に悩み、苦しみ、時には自死すら願います。生き物としては、明らかに何かがおかしい…それが私たち「人」なのです。

主人公のユリの怒りはワガママです。ですが、その背景にある悲しみは、誰もが逃れられない「人の性」から来るものなのです。だから、私はこの怒りに嫌悪と同時に美しさを感じてしまい、深く惹きつけられたようです。

さあ、いかがでしょう? 美しい怒りと醜い怒りの境目、そして私たちが逃れられない「人の性」、覗いてみたくありませんか? グ・スーヨン監督が複雑な背景を持つ街、下関を舞台に描く「幽霊はわがままな夢を見る」、微妙に映画好きな心理学者がその最高の教材としてオススメします。ぜひ御覧ください。

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
臨床心理士(公益法人認定)・公認心理師(国家資格)・1級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)。
1990年代後半、精神科におけるうつ病患者の急増に立ち会い、うつ病の本当の治療法と「ヒト」の真相の解明に取り組む。現在は大学で教育・研究に従事する傍ら心理マネジメント研究所を主催し「心理学でもっと幸せに」を目指した大人のための心理学アカデミーも展開している。
日本学術振興会特別研究員などを経て現職。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発も行い、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力し各種検討会の委員や座長も務めて国政にも協力している。
サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援し各種メディアで心理学的な解説も行っている。

心理マネジメント研究所(代表:杉山崇@脳心理科学者・臨床心理士・公認心理師/神奈川大学教授)|note
「心理学でもっと幸せに!」を実現する研究所。各種研修、採用・組織運営コンサルティング、データ解析、心理カウンセリング、キャリアコンサルティング、などを組織と個人に提供中。代表の杉山は著書多数の他、NHKニュース、フジテレビ「ホンマでっかテレビ」などTV出演も多数。長州男児。