トランプ前大統領の暗殺未遂事件のニュースが、九死に一生を得た奇跡的な状況と劇的な写真等とあわせて、世界を駆け巡った。
日本ではテレビのバラエティーショーなどで「選挙を有利にするための自作自演のやらせだったりして」といった趣旨の発言をした人がいて、批判されたらしい。ピント外れだろう。すでに判明している事実関係だけで自作自演であった可能性がないことは明らかであるし、そもそもトランプ氏は選挙戦を圧倒的に有利に進めていたので、冒険的な行動に出る理由がない。
むしろ民主党側に反対の動機が働くので、「陰謀論」はバイデン政権側の作為・不作為の行動の問題へと焦点を移している。共和党予備選挙で次点であったニッキー・ヘイリー氏がトランプ氏と全く異なる外交政策を主張していたことから、外国勢力の関与を疑う声も散見する。
「陰謀論」は、事実のレベルで、否定すべきものは否定していかなければならない。ただ注意を払う必要もない荒唐無稽な「陰謀論」もあるだろう。全部の「陰謀論」を丹念に否定していくのは骨が折れるのは確かだ。
ただ、これに対して、トランプ氏に敵対する勢力の関与は、たとえば犯罪捜査官なら一応は頭に入れておくのが当然の事項に入ってくるだろう。「ほんの一瞬でも想像することを絶対禁止する」と言えば、皆が簡単に納得する事柄ではない。
トランプ氏は、再選されたら「ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件の秘密指定文書を公開するつもりだ」、と繰り返し発言している。実は最初の大統領選挙中にも同じ趣旨のことを語ったことがあるが、「CIAとFBIに止められた」と述べて、公開を見合わせた経緯がある。
言うまでもなくケネディ暗殺は、政府関係者の関与の主張が、公刊された著作のレベルで多数存在する「陰謀論」の古典のような事件である。アメリカ人の65%が、政府公式見解の単独犯説を信じていないという。
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今月7月2日、大統領の免責特権に関する合衆国最高裁判所の判決があった。トランプ前大統領の行動の一部について、大統領として公的に行動していた限り、刑事責任が部分的に免責される、という内容であった。
その後、共和党の有力上院議員であるテッド・クルーズ氏は、民主党議員間の不穏当な発言について聞いた、という趣旨のことをポストしている。
最高裁判決は、比較的広範に大統領の免責特権を認める内容であった。そこで民主党議員が、「バイデン大統領が、もし政敵を暗殺したら、免責特権を主張できるか」といった冗談ともつかないことを言っていると、クルーズ氏はポストしたのである
クルーズ氏ほどの著名人が公に取り上げた事例は珍しかったが、巷ではこの「冗談」が暗殺未遂事件前から流通していた。今回、共和党議員が、トランプ前大統領の警備が万全であったか調査の必要がある、と主張している背景には、こうした雰囲気があることは否めないだろう。
トランプ前大統領暗殺未遂事件については、事件前後の会場の様子を伝える多数の動画がアップされている。その中で、幾つかの警備の「不備」を指摘せざるを得ない論点が浮かび上がっている。
1.容疑者はなぜ120メートル程度と言われる距離の屋根に銃を持って登ることができたのか。本来であれば、事前に付近を封鎖するのが当然だろう。警備員もいなかったというのは、ありえないことだ、と考えるのは、自然である。
2.銃を持った男性が建物の屋根に登った、という通報をした、という観客が、複数名見つかっている。「なぜ演説が続いているのか不思議に思っていた」とさえ証言している。現場で対応がなされなかったのは、確かに解明しておくべき疑問である。
3.警備側のスナイパーが、犯人を狙撃するために照準を合わせていたことが撮影されている。射撃までの間、42秒間構え続けていた。犯人がトランプ前大統領を狙撃した後に、犯人を射殺した。上官の許可を待っている間に、狙撃がなされてしまったので、その直後に射殺したということであるように見える。
もともと不穏な者を除去するために警備側のスナイパーが配置されているわけなので、42秒間という時間は、非常に長い。判断が滞っていたと言わざるを得ない。一段階上の「陰謀論」では、最初から犯人に狙撃をさせたうえで、口封じのために射殺する段取りだった、ということになる。調査が必要な事項であることは間違いないだろう。
参照:https://x.com/coladoggxxx/status/1812285847921910241
すでに述べたように、「陰謀論」は事実のレベルで、否定されなければならない。「政府の誠実さを疑うなんて絶対ダメだ」といった態度を見せてしまったら、全くの逆効果である。もともとトランプ大統領の支持者は、エスタブリシュメント層の誠実さを疑っているから、トランプ支持者になっている。頭越しの否定は、火に油を注ぐようなものだ。
だが、おそらく、高齢のバイデン大統領は、そのような粗雑な対応しかできないだろう。結果として、アメリカ社会の分断は広がっていく。
今後の見通しだが、民主党支持者層は、今回の事件で完全な諦念に陥っていく恐れが強いと思われる。最近はバイデン引きずりおろしと次の候補者選別の話で盛り上がっていたが、今さら誰が出てもトランプ氏に勝てるはずがない、という雰囲気が蔓延しそうだ。この雰囲気は、民主党側の陣営の資金集めに大きく影響していく。
この情勢をふまえて、国際情勢を考えると、「トランプ・シフト」が一気に加速していくことは必至である。バイデン大統領を迂回してフロリダに行ってトランプ前大統領と会談したハンガリーのオルバン首相は「先見の明と行動力があった」という評価を固め、トランプ再選阻止の可能性にしがみつく人々は、ドン・キホーテのように扱われていくだろう。
参照:オルバン首相の「平和ミッション」は何をもたらしたか 篠田 英朗
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