顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
日本防衛の最前線として自衛隊が駐屯する沖縄県与那国町の糸数健一町長が8月末、アメリカの首都ワシンントンで中国の脅威に対する日本側の抑止の重要性を説き、同時に沖縄県の玉城デニー知事が辺野古への移設工事になお反対していることに「最高裁の決定を無視する日本の法治の否定だ」と非難した。日本の国家安全保障と日米同盟の堅持を強く説き、中国の侵略性に警告を発する糸数町長の姿勢にはアメリカ側関係者からも強い同調の意が寄せられた。
沖縄の声といえば、これまでアメリカ側に届くのは、米軍基地、自衛隊基地への反対という骨子ばかりだったが、同じ沖縄でも与那国島からの日米同盟強化をも含む声はワシントンの対日安保政策関係者に新鮮な風を吹き込んだようだ。
糸数町長は米国笹川平和財団などの招待で訪米した。8月30日に国防総省や国務省の米側関係者らとも交流し、与那国島に2016年から駐屯する自衛隊は日本防衛や台湾防衛で抑止効果が高く、日米同盟の効用にも大きく寄与する、という考えを伝えた。米側からも賛意の見解が強く表明されたという。
与那国島は近接の宮古島、石垣島などとともに南西諸島を構成し、日本の最西端の防衛線として注視されてきた。台湾までの距離が約110kmと日本領の中では最短で、中国による台湾や尖閣諸島(沖縄県石垣市)に対する軍事攻勢への対処の拠点となってきた。
沖縄の安全保障問題に関しては歴代の沖縄県知事が独自にワシントンを訪れ、明らかに日本政府の政策に反して米軍基地の存在への抗議を多様な形で表明してきた。アメリカ側は日本の国の政策を一県知事が対外的に否定するという異様な形式への当惑を述べることが頻繁だった。
沖縄県の現知事の玉城デニー氏も2023年3月に独自のワシントン訪問を果たし、「日米同盟は支持する」と前置きしながらも、実際には沖縄での米軍駐留や基地保持、辺野古への移転など日米両国間の合意にすべて反対する趣旨を述べた。
玉城知事はそのなかで「中国の台湾攻撃はまずあり得ない」と断言する一方、沖縄県の一部である尖閣諸島の日本領海に中国の武装艦艇が頻繁に侵入している事実にはまったく触れず、中国の軍事的な膨張や攻勢を指摘することもなかった。結果として同知事はアメリカと日本の両政府の対中抑止のための防衛力増強には反対の姿勢を打ち出す形となった。
糸数町長はこうした県知事の表明とは正反対の立場をアメリカ側に伝える結果となった。同町長はワシントンで日本の企業やメディアの代表者との討論会にも臨み、与那国島の自衛隊が地元住民の多数派にも歓迎され、中国の脅威に対する「日本の国防、安保の最前線」として枢要な役割を果たしている、と強調した。自衛隊の存在が島の伝統文化を壊すかという質問には「国家の存続や安全が最優先されるべきだが、文化への悪影響もない」と述べた。
糸数町長は玉城知事への批判も率直だった。
米軍普天間飛行場の辺野古移設を巡っては昨年9月、国の「代執行」に関する最高裁判決が出され、沖縄県が敗訴した。だがなお玉城知事が反対行動を続けていることについて、糸数町長は「最高裁の判決を無視することは日本国家の法治の否定だ」と述べて非難した。「沖縄県庁職員の間でも知事の方針に反対して辞職する人が増えたとの報道がある」とも述べた。
糸数町長はまた、8月中旬のメキシコ人男性による尖閣上陸について「私自身の推測ではあるが、中国側組織が日本政府の対応を測るために仕組んだ行動ではないか」と語った。中国軍機による8月26日の日本領空侵犯については「中国軍上層部の意図による計画的な行動で、やはり日本側の出方をみるためだと思う」と述べた。
糸数町長は中国の台湾や尖閣諸島への軍事的な威圧の行動についても批判を述べ、中国を決して批判しない媚中志向の強い玉城知事との対照的な姿勢を鮮明にした。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年9月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。