1. はじめに
理工系の学問分野は細分化が進んでいる。高等教育の現場では専門分野の基礎知識を効率よく学ぶために体系的な学びを重視しているが、年々技術の進歩やそのスピードが速まることにより学ぶべき量が増え続けている。
そのため、講義では広く浅く学び、研究では専門分野に特化し、狭く深く学ぶことになる。また、急速な技術の進歩により知識や技術が陳腐化するスピードも速く、職業として専門分野を活かす者は常にアップデートすることが求められ、学び続ける人生が待っている。
丸山真男氏が著書「日本の思想」の中でタコツボ化を問題視していたが、60年後の現在も状況は変わらないとも言える。
2. 学問の細分化
文部科学省が公表している「系・分野・分科・細目表」を見てどう感じるだろう。
この表では、各学問は、「系」、「分野」、「分科」、「細目名」、「キーワード」と分類されている。「分科」は大学の学部名に相当し、「細目名」が学科、そして「キーワード」が研究室やゼミで扱う研究テーマと捉えることができる。簡単に言えば、日本の各学問の住所のようなものである。
筆者は土木工学を専門としているが、大学時代同じ学科内(表では「分科」に相当)であっても研究室(表では「細目名」に相当)が複数に分かれ、各々の分野で取り扱う対象やアプローチが大きく異なっていた。研究室が異なる友人とは研究概要は理解できても、細かい所まで理解することは難しい状況だった(コンクリート分野と河川分野では全く違う)。
また、同じ研究室の中でも細分化が進んでいる。例えば、コンクリート分野では大まかに「材料」と「構造」に分かれた後、材料・維持管理・腐食や構造・地震などさらに細分化していく。表では最小分類である「キーワード」もさらに細分化している。
同じ分野であっても「隣の研究室は別世界」というように、互いの研究室が共通言語や価値観を持っていないことからタコツボ化が進んでいると言える。
社会課題が複雑化する中で、専門分野を超えた学際的研究が注目されているが、異なる学問と連携する前に「分科」レベルでの連携強化、すなわち「隣の研究室」を理解することが重要ではないか。
3. 分科レベル連携強化を目指すための「総合〇〇学」の必要性
学問の専門化、細分化が進んだ現代だからこそ専門性を武器として、幅広い視点からその分野(「分科」レベル)を総括できる高度な能力を有する人材が必要と考えている。イメージとしては、医学における総合診療学のような学問、総合診療医のような人材である。
従来、医学では消化器や耳鼻咽喉等特定の部位に特化した専門医が患者を診察していた。人口の多い都市部では患者が専門医を選んで診察することができるが、過疎地域等では1人の医者が様々な症状に対処する必要があるため、身体の不調全般を診療できる総合診療医の需要が高まっている。
社会実装が急務な専門分野においては総合学の視点は不可欠であり、専門分野と一般の人との接点という意味でも窓口としての総合学の役割は大きいといえる。
図1に総合学のイメージを示す。リベラルアーツのような分野をまたがる「広く浅く」と細目名やキーワードレベルでの「狭く深く」の専門との中間(図のオレンジの領域)が本レポートで定義する総合学の領域である。
工学系でいえば実務において「電気技術者」や「土木技術者」と括られており、大学教育においても電気分野や土木分野について一通り学ぶことになる。研究や実務ではさらに細分化された領域を追究することになるが、その一歩前である電気分野全体や土木分野全体を総合的かつ専門的に扱える人材を増やすことがこれからの学問において重要ではないか。
現状、空白地帯であるからこそ「広く浅く」と「狭く深く」の中間である総合〇〇学を強化することが、分科レベルの連携や分野・分科・細目・キーワードの学問の上下のベアリングとなることを期待している。
4. 専門分野の探求は分野横断型の基礎である
リベラルアーツを重視する傾向や分野横断型学部が増え続ける中で、数年後には役に立たない専門性を追究することに意味があるのかという問いもある。しかし、現状はプロフェッショナルを目指さなければ専門分野の世界で生き残ることは難しく、狭く深くの差別化戦略を取らざる負えない。
専門分野を追究することでまずは狭い分野のディシプリンを身に着けることができる。そして、自らの専門分野の枠をしっかり理解することで異なる学問や研究者の理解に繋がり、専門分野を越えた連携や学際研究の基本を身に付けることができる。
また、研究者自身が自分の所属する分科に対して俯瞰的かつ総合学的な視点を持ち合わせることで、異分野との連携時に共通言語と共通の価値観の醸成が容易となり、円滑な学際研究の推進に繋がるだろう。
まとめ
学問は「タコツボ型」と「ササラ型」に分けることができる1)が、総合診療学や総合診療医はまさに「ササラ型」であると感じた。
私の専門である土木工学の分野では、タコツボ化が深刻であり、総合学の必要性を唱えても簡単に既存の枠組みを変えられない状況であると認識している。理想を実現するためには、まずは自分自身が行動し、少しずつ「変化」をもたらすしかない。
私はコンクリートが専門であるが、河川や都市計画等、他の専門領域外の知見も修得し、これからの日本の国土やインフラについて総合的かつ俯瞰的に意見を述べられる専門人材、総合土木学者を目指して研鑽を続けたい。