隈研吾デザイン「55万円」空気清浄機は売れるのか

シャープが、建築家「隈研吾」氏デザインの空気清浄機を発売する。

シャープ プレスリリースより

本体を、細長い木材を並べた「ルーバー」で覆い、その隙間から浄化空気を吹き出させる。いかにも「木の匠」と呼ばれる隈氏らしいデザインだ。氏を同席させた製品発表会からは、「隈デザイン」に対するシャープの期待がにじみ出る。だが、注目されたのはデザインではなく「55万円」という価格だった。

「使用している木材の品質などを考えると、55万円は決して高くない」

シャープ、55万円の空気清浄機 隈研吾氏がデザイン|日本経済新聞

隈氏は、製品発表会でこのように述べた。シャープは「ホテルや公共施設など法人をメインに、ECサイトを通じて個人にも販売する」としている。だが、この製品が受け入れられる見込みは極めて低い。デザイン家電市場がレッドオーシャン化し、「隈デザイン」のブランド効果が低下しているからだ。

デザイン家電市場はレッドオーシャン

デザイン家電市場のレッドオーシャン化は、同市場を代表する「バルミューダ」と「アマダナ」2社の決算値に表れている。

バルミューダは、前年度は約14億円の営業赤字。直近半期も約9千万円の営業赤字となっており、24年度12月期の通期営業利益予想は、1億5千万円から3千万円に下方修正されている。

アマダナ(amadana株式会社)も、2021年1月期が1千2百万円の赤字(確認可能な直近の純損失)。関連会社のamadana総合研究所も、直近で113万円の赤字(直近24年3月期)、今期で5年連続赤字となっている。

背景にあるのは、中間層の節約志向継続と、中堅メーカーのデザイン力向上だ。中価格帯でも、良いデザインの製品が増えているため、高額製品が売れにくい。デザインによる価格上乗せ効果が低下している現在は、高価格設定をする時期ではないのだ。

では、「隈研吾」という著名建築家のブランド効果はどうか。こちらはもっと時期が悪い。現在、隈氏の建築が問題視されているからだ。

「隈研吾デザイン」とはどんなブランドなのか

問題視されているのは、栃木県那珂川町の「那珂川町馬頭広重美術館(以下 広重美術館)」である。先月末(9月30日)の各報道によると、木で作られた箇所の腐食が進んでいるという。

隈研吾の建築が「青カビと腐食でボロボロ」「建築家の仕事とは思えない」…!地元住民も首をかしげる名建築家の「致命的なトラブル」

隈研吾の建築が「青カビと腐食でボロボロ」「建築家の仕事とは思えない」…!地元住民も首をかしげる名建築家の「致命的なトラブル」(週刊現代) @moneygendai
建築家・隈研吾は数々の名声を轟かせる一方で、その仕事に実害を受けた人や眉をひそめる専門家は多い。那須の美術館で起きたトラブルを機に、全国各地で問題が火を噴きそうな事態となっている。

広重美術館が主に展示するのは、浮世絵師「安藤広重」の作品だ。特徴的な細い直線で描かれた「雨」は、ゴッホやモネら西洋画家にも大きな影響を与えている。隈氏が着目したのもこの雨だった。

「広重の雨の絵から感じる時雨れた感じを木のルーバーで表現しよう」

雨のみちデザイン|interview vol.1 隈研吾

隈氏はこう考えたという。

素材は、地元産の杉「八溝杉」。これを細く切る。不熱処理を施す。直線状に配置する。完成したルーバーは、広重の描く「雨」そのものだった。

だが、皮肉なことに、その「雨」が美術館を劣化させていく。

開館当時、黄金色に輝いていた地元杉は雨で腐食が進み、黒ずみ、折れ、裂けた。美しかった直線は、ささくれて破線となった。

なぜこんなことになったのか。隈氏は「保護塗料の性能が、現在のものより低かった」という。建築エコノミスト森山高至氏は、この見解に否定的だ。そもそも「杉」を使うべきではなかったという。

「直接雨風にさらされるところに杉を使っている点が問題。本来であれば油分の多く雨に強い木材を使うべき」

隈研吾の建築が「青カビと腐食でボロボロ」「建築家の仕事とは思えない」…!地元住民も首をかしげる名建築家の「致命的なトラブル」 | マネー現代 2024.09.30

現在、那珂川町はふるさと納税サイト(クラウドファンディング)で補修費として1千万円の寄付を募っている。同サイトには、隈氏のメッセージも掲載されている。しかし、終了まで3週間を切った現在(執筆時 10月8日)でも達成率は11.9%と、あまり芳しくはない。

隈研吾のプロダクトデザイン

「馬頭広重美術館」の屋根は木造ではない。杉のルーバーの下には雨を受ける鋼板屋根がある。代表作「新国立競技場」も木造ではない。全体は鉄骨造であり、木造に見える屋根も鉄と木のハイブリッドだ。木はあくまで「飾り」なのだ。

今回の空気清浄機も同様だ。外装が木で組まれているだけであり、内部は金属・樹脂・プラスチックでできた普通の家電製品である。

「なぜ木を使ったのか?」

木で得られる安らぎ。木目の美しさ。経年による味わい等々。公式サイトに書かれているのは、外観から生じるもの。すなわち装飾効果だ。隈氏のプロダクトデザインは、機能デザインというよりも装飾デザイン、と言える。

ジェームズ・ダイソンのプロダクトデザイン

対極にあるのがジェームズ・ダイソン氏のプロダクトデザインである。

ダイソンの掃除機は透明だ。「なぜ透明なのか?」。ゴミを見せたいからだ。こんな逸話がある。

「掃除機を透明にしてゴミを見せるのは『ポストモダニズム※1)』を意識したのか?」

とジャーナリストに聞かれたダイソン氏は以下のように答えた。

「いいえ、ゴミが一杯になったらわかるようにしただけです」

(『逆風野郎!-ダイソン成功物語』より。筆者一部編)

ダイソン氏は語る。外側から考え始めたら失敗することは目に見えていると。機能から生まれたデザインはモノが自ら語ってくれると。「不快」あるいは「ナンセンス」に見える製品なら、おのずと効果は知れたものだと。筆者はダイソン製品は好まないが、若き日のダイソン氏の考えには大いに共感する。

国産メーカーの低迷が続いて久しい。ブランドや装飾に頼るのではなく、プロダクトデザインの原点に回帰してみてはいかがだろうか。

 

【脚注】
※1)ポストモダニズム(建築)
外観をコンクリートとガラスで覆い内部構造をむき出しにした「ポンピドゥー・センター」が有名。

【参考】
シャープ公式サイト|KKAA(隈研吾建築都市設計事務所) 空気清浄機:シャープ
・『隈研吾(NA建築家シリーズ02)』 日経BP社
・『なぜぼくが新国立競技場をつくるのか-建築家・隈研吾の覚悟』 著者 隈 研吾/ 日経BPマーケティング
・『隈研吾物質と建築』 著者 隈 研吾/ エクスナレッジ
・『逆風野郎!-ダイソン成功物語』 著者 ジェームズ・ダイソン/日経BP社
・『インベンション -僕は未来を創意する dyson-』 著者 ジェームズ・ダイソン/ 日経BP日本経済新聞出版

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・バルミューダ決算資料 他