石破首相のケネディ演説の引用で深まる懸念

石破首相の発言「国が何をしてくれるかを聞くな、一人一人が国のために何ができるかを聞けとケネディが言いましたね。それはそうだと思う」が話題のようだ。

なんといっても石破首相はこの言葉を引用して、消費税を下げることは考えていない、という政策を正当化しようとした。これは確かに違和感の残る話である。引用と政策論が、結びついていない。

これでは石破首相は、「国のため」に、黙って言われた通りの額面の消費税を払い続けろ、と言っているかのようだ。それはどう考えても不適切である。もし総理大臣がこのような主張を始めたら、政策論争も何もあったものではない。

石破首相SNSより

石破首相は、読書家で知られる方ではあるが、乱読気味なのではないか。沢山の本を読んでいるとしても、その一方で、重要な問いを立て、その問いに答えを出すために、体系的に関連文献を渉猟していく、という論文作法にそった読書の経験をしたことがあるのだろうか。あるいは民間セクターで言うところの「問題解決」型の情報収集と整理の経験があるのだろうか。

折しも「アジア版NATO」などの独自概念設定が、波紋を投げかけている最中だ。論理的説得が求められる場面で、「読書家」(だが体系的研究やプレゼンテーションの経験は不足している)であることが、かえって足かせになったりしないのか、首相の今後の動向が不安になる。

石破首相は、これはジョン・F・ケネディ米国大統領の1961年就任演説の中の有名な言葉を引用しようとしたものだと思われる。これは正確には、次のような演説であった。

世界の長い歴史の中で、自由が最大の危機にさらされているときに、その自由を守る役割を与えられた世代はごく少ない。私はその責任から尻込みしない。私はそれを歓迎する。われわれの誰一人として、他の国民や他の世代と立場を交換したいと願っていない、と私は信じる。われわれがこの努力にかけるエネルギー、信念、そして献身は、わが国とわが国に奉仕する者すべてを照らし、その炎の輝きは世界を真に照らし出すことができるのである。

だからこそ、米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。

世界の市民同胞の皆さん、米国があなたのために何をするかを問うのではなく、われわれが人類の自由のために、一緒に何ができるかを問うてほしい。(ask not what your country can do for you–ask what you can do for your country.)

最後に、あなたが米国民であれ、世界の市民であれ、今ここにいるわれわれに対して、われわれがあなたに求めるのと同じ力と犠牲の高い基準を求めてほしい。善良な良心を唯一の確かな報奨として、歴史をわれわれの行為に対する最後の審判として、神の祝福と助けを求めながらも、この地球上における神の御業を真にわがものとしなければならないことを知りつつ、われわれの愛するこの土地を導いていこうではないか。

米国の歴史と民主主義の基本文書大統領演説

格調高い名演説である。これが日本の2024年の消費税率の政策の正当化で引用されるとしたら、故ケネディ大統領がびっくりするだけではない。現代のアメリカ人の多くも仰天するのではないか。

日本語で、中央政府のことを「国(クニ)」と呼ぶ。実はこれは語法として問題がある。戦前からの日本独特の政治文化の中で培われた文化であろう。しかしそれはそれとして、習慣として「国」が首相を頂点として存在している「政府」のことを意味してしまうのが日本である以上、「国のために何ができるか考えろ、そして文句を言わず国に消費税を払え」、と言っているかのように解釈されてしまう発言は、しないほうがいい。

ケネディ大統領が述べた「あなたの国」の「国」は、「カントリー(country)」で、「国家/州(State)」や「連邦/州政府(government)」とは明確に区別される概念だ。

アメリカに「カントリー音楽」といった言い方があることからもわかるように、この場合の「your country」には、対応する行政組織がない。消費税率の正当化のために参照するのは、全く不適切である。

日本国憲法で、税徴収などの財政に関する権限に関する条項で「国」という概念が出てくるが、こちらは起草時のオリジナルの英文テキストでは国家機構を意味する「State」である。

そもそも日本国憲法が前文において「人類普遍の原理(a universal principle)」と単数形で表現している「厳粛な信託」の「社会契約論」の論理で言えば、税金とは、政府の統治活動と引き換えに国民=人民(people)が渡す委託料のようなものだ。「国」に奉仕するために税金を出すのではない。業務委託契約の成立にあたって、委託主が実施者に渡す「委託費」のことだ。

知識があるのは、悪いことではない。だが知識は、単に見せるためだけに使っても、単に混乱を広げるだけだ。

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