複数の居住地を持つライフスタイル

私が師と仰いだ方のお一人に故富田岩芳先生がいらっしゃいます。富田先生はデロイトトーマツ監査法人が合併する前の等松監査法人の創業者のお一人です。富田先生とは私がカナダに赴任したばかりの頃、シアトルのデロイトさんのパーティーで初めてお会いし、その後、10数年にわたり、毎年夏、私に会いに来て、いろいろな話を酒を飲みかわしながらさせて頂いたのです。大日本帝国海軍主計の方ですのでどんなに酔っぱらってもシャキっとしていました。

その富田先生は東京とパリとニューヨークの3拠点生活でした。当時、いわゆる183日ルールがあり、1カ国の滞在がその日数以下の場合、主たる居住地にならず、税金を納めなくてもよかったのです。(今ではもちろんそんなルールは世界中で見直しが進み、存在しません。)富田先生は税金逃れをしたくてそういう生活をしていたわけではなく、たまたまパリとニューヨークにも居住理由があったからでしたが、晩年の先生の生活はまるでノマド族だったと思います。かなり高齢だったにもかかわらずいつもおひとりで出張し続けていらっしゃいました。杖を突きながらも生き生きとした顔つきにこの活力が何処から出てくるのかと思いましたが、世界をグルグル回り続けることが刺激だったのかもしれません。

複数の居住地を持つのは富裕層の特権ではないか、と思う方もいらっしゃるでしょう。もちろん複数の居住地があれば居住地の賃料ないし固定資産税、管理費さらには移動のコストがかかります。ただ、今では必ずしも富裕者だけが独占できるものという訳ではないと思います。軽井沢や伊豆の別荘のイメージが強すぎるのだと思います。

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ご承知の通り私はマリーナの運営をしています。そのボートの所有者が必ずしもそばに住んでいるわけではなく、クルマで2-3時間かかるようなところの方から隣のアルバータ州、更にはアメリカの方も複数いらっしゃいます。彼らはバンクーバーの街中のマリーナに自分のボートを係留し、夏の良い時期や週末にボートで暮らすのです。つまり第2の居住地であります。ボート内の居住はあいまいながらも規制があり、主たる居住地ではないことが条件となっています。週末別荘のような場合はお咎めなしです。夏のバンクーバーは極めて心地よいところなので2-3か月滞在し、係留したまま、船から仕事をする人も多いわけです。

ユーチューバーで世界中を旅行し、ホテルを転々とする方がいらっしゃいます。世界旅行の醍醐味なのですが、あれをずっとやれと言われると私はそこまで情熱はないです。別荘と旅行は何が違うのでしょうか?私の定義は旅行とは知らない世界を発見する喜びであり熱く時として興奮するものですが、別荘とは自分の頭を冷やすためのリトリート(retreat)だと考えています。この単語に当てはまる日本語訳がありません。ウェブから拾ったのですが、以下の意味が一番近いでしょうか?

「リトリートの語源はリトリートメント(retreatment)。 本来は避難所や隠れ家の意味を持っていたが、近年欧米では『日常生活から離れてリフレッシュする時間をもち、心身ともにリセットする』といった意味で使われていて、日本では『転地療法(療養)』とも言い換えられる」(Eleministより)。

湯河原といえば戦前から今日に至るまで別荘を持つ政治家や有名人が多いことで知られています。なぜ湯河原なのか、といえば温暖な気候、海、温泉そして一番大事なのが東京から遠くない点なのです。新幹線と在来線の組み合わせで1時間で行けます。バンクーバーでリトリートするならウィスラーが一番良さげに見えますが、冬は雪でアクセスにおいて想定外が起きやすくなります。私なら車で1時間以内で行けるアメリカの飛び地、ポイントロバーツが海に囲まれ静かで何もなく良いと思います。

ポイントは何もないところ、これが大事なのです。私の感覚では賑わいすぎる軽井沢は絶対にありえず、那須なら許せるといったところです。房総半島もいいけれど遠すぎ。ならば三浦半島の西側か伊豆の伊東あたりの方が良いでしょう。伊東などはすっかりさびれてしまっているので不動産はびっくりするぐらい安く手に入ります。

ではなぜ複数の居住地が良いと考えらえるのでしょうか?

「自分を切り替える」ではないでしょうか?毎日職場で同じ顔ぶれと仕事をし、時として話もしたくない相手とも机を並べることもあるでしょう。同じ時間の通勤電車で同じ通勤路を通いつめ、週末は近所のスーパーに買いだしでたまに違ったことをするという感じの方が多いでしょうか?

複数拠点はその場所でしかなしえないことが刺激となり、自分をリフレッシュさせるのだと思います。例えば私はトロントに出張に行けば業務上、同じホテルに泊まるのですが、仮に仕事ではないとしてもそこがリトリートさせる雰囲気はないです。ホテルが無機質であり生活臭がないことはあるでしょう。それならば小さい家ながらもお気に入りのグラスでワインを傾けその地元のものを愉しむといった方が肩に力が入らず、ゆったりとした時を過ごせます。これこそ現代人には必要なのだと思います。

同じ場所に住んでいると常時、仕事の戦闘モードにあると言えます。特に最近は港区に住む起業家やエリートビジネスマンが増えましたが、その理由は職住接近。しかし、それゆえに非常に疲れるライフであるともいえるのです。そういう方こそ複数居住地を持つべきで決して豪勢である必要はなく、週末はそこに雲隠れするぐらいの感覚で日々の生活にメリハリをつけるのはメンタルには非常に良いと思います。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2024年11月3日の記事より転載させていただきました。

会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。