顧問・麗澤大学特別教授 古森 義久
アメリカ大統領選挙で共和党のドナルド・トランプ前大統領が圧勝した。民主党のカマラ・ハリス副大統領に確実な差をつけて勝利した。激戦区とされた7州でもトランプ氏はすべて優勢となった。
アメリカ、日本両方のメディアや世論調査機関が打ち出していた「大接戦」ではなく、文句のつけようのない圧勝だった。しかもトランプ氏は全米を合算した総得票数でもハリス氏を破った。共和党候補が投票総数で勝つのは20年ぶりだという。
当初の予測とは大きく異なるこの選挙から学ぶことはなにか。
まず第1はアメリカ側の世論調査結果の錯誤だろう。アメリカの政治の動向を従来の世論調査の数字に全面依存していては、実態を正確にはつかめない、という教訓である。
今回の選挙では9月はじめ以降、米側の世論調査機関は「ハリス候補の支持率急上昇」を伝え続けた。トランプ氏との戦いは「拮抗」、「大接戦」だとして、どちらが勝つかはまったく不明だとまで断じていた。
だが実際の票が投じられ、開票が始まると、出発点から終盤までトランプ氏の優位が一貫して続いた。しかもジョージア、ペンシルベニアなど計7つの競合州でもトランプ氏のリードが継続した。日本時間11月7日午前の現時点ではトランプ氏は当選に必要な全米選挙人270を軽く超えて、296人を獲得した。ハリス氏は226人と顕著な差をつけられ、「大接戦」とはならなかった。
しかもトランプ氏は全米総得票数でも現時点で7,215万を得て、ハリス氏の6,734万に大差をつけた。従来の大統領選挙ではニューヨーク州やカリフォルニア州という人口の巨大な地域を獲得する民主党候補が選挙人数では敗北しても、総得票数では共和党候補を上回るという実例が続いていた。トランプ氏自身も2016年の選挙では当選しながらも総得票数ではクリントン候補に負けていた。今回の結果はトランプ氏の強さの象徴だといえよう。
ハリス氏はすぐに敗北宣言をして、トランプ氏勝利を確定した。アメリカの識者の間での「選挙結果はかなりの期間、確定しない」という予測もみごとに外れたわけだ。
第2にはドナルド・トランプ氏の強烈な指導性である。同氏ほど敵陣営から叩かれ、けなされ、迫害された政治指導者は歴史でも類がない。その種の障害をすべて乗り越え、アメリカ国民多数派の支持を確保した同氏自身の意思、能力、リーダーシップは特筆されるべきだろう。
トランプ氏は2016年の大統領選挙で当選した当初から「ロシア疑惑」をぶつけられた。「トランプ陣営はロシア政府工作員と共謀して2016年の選挙の有権者票を不当に操作した」という疑惑は結局はなんの根拠もないことが判明した。しかもその疑惑の最大の証拠とされたスティール文書というのは米側の民主党陣営の意を受けたイギリス政府元スパイの捏造だったこともわかった。
しかし民主党陣営はニューヨーク・タイムズのような大手メディアと結託し、トランプ大統領を特別検察官の捜査の標的として、攻勢をかけた。同時に民主党活動家の検事たちがトランプ氏を合計4回も起訴した。議会では弾劾が2度も提起された。
しかしトランプ氏はこの種の民主党側による「連邦機関の武器化」をすべて跳ね返した。その基盤には同氏を支持する多数のアメリカ国民の意思があった。そして同氏の掲げる自国第一の政策の基本への強い支持があったのだ。
さらにトランプ氏は選挙戦中の2回にもわたる暗殺の試みをも跳ね返した。
第3には、カマラ・ハリス氏という人物の政治指導者としての脆弱性である。民主党側の予備選という重要なプロセスを経ないで突然に候補となったハリス氏は副大統領時代には「史上、最低人気の副大統領」とされていた。その弱さが結局は多くの有権者を離反させたといえる。
しかしハリス氏は一時は高い支持率を示した。トランプ氏を追い越す期間も続いた。その原因としてはジョセフ・バイデン大統領の衰えに替って、ハリス氏が元気いっぱいの挙動で登場したことや、大手メディアがハリス氏を天まで昇れという調子でほめたたえたことがあった。
だがハリス氏はその後の選挙戦では重要政策の変転を批判された。不法入国者の扱いや、石油・天然ガス採掘のフラッキング(水圧粉砕)への態度という政策面でつい数年前に表明していたリベラル左派の過激な主張を今回は逆転させ、フリップフロップ(くるくる変える)と非難されたのだ。
その一方、ハリス陣営はトランプ氏に対して「アメリカの敵」、「民主主義への脅威」、「ヒトラー礼賛者」などという激しいののしりの言葉を浴びせ続けた。だが結果としてこの手法でのトランプ支持層の切り崩しには成功しなかった。ハリス氏は結局はキャンペーン当初での人気に裏づけがなかったことを立証してしまったといえる。
第4は、日本側での「トランプ叩き」の的外れである。日本側の主要メディアやアメリカ政治専門家とされる人たちの多くが「トランプは危険」、「トランプは敗者」という断定を述べ続けた。だがアメリカ国民の多数派はそれとは正反対の審判を下したのだった。
この展開から明らかになったのは日本側でのアメリカ政治の読み方の錯誤だといえる。その錯誤は国際情勢全般の間違った認識にもつながっている。そもそも他国の選挙での多数派の志向を根拠も乏しいまま、「危険」だとか「誤り」だと断じる「日本的識者」はこの際、現実を直視して、反省すべきだろう。もっともその種の反省には縁がないのが日本的識者の特徴かもしれない。
この錯誤には「もしトランプ政権の再登場ならば、トランプ氏は日米同盟も破棄しかねない」などという極端な断言もあった。次期政権に備えるトランプ陣営が日米同盟の堅持をどれだけ重視しているか、は少し調査をすればすぐにわかるはずだ。
トランプ氏自身は今後の政策については「アメリカ第一政策研究所」(AFPI)というシンクタンクに全面的に依存してきた。みずからの考えを正確に反映する内外諸政策の形成はこの研究所にゆだねてきたのだ。
その研究所の政策発表をみれば、トランプ大統領が日米同盟を破棄するなど、夢想もできないことが瞬時に理解できる。そんな簡単な作業もしない「日本的識者」の言辞は偏狭かつ不正確なことが今回の大統領選の結果、印象づけられたといえよう。
さて2025年1月20日にアメリカ合衆国の47代目の大統領に就任するトランプ氏は内政、外交の両面でバイデン・ハリス現政権とは画期的な異なる諸策を打ち出すだろう。しかも就任の第1日目から大胆な政策をとることをトランプ氏自身が言明している。
その結果、アメリカが、そして世界が大きく変わるだろう。その変化は日本にとっても歓迎すべき動きだとみて、柔軟な対応を試みるべきである。
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古森 義久(Komori Yoshihisa)
1963年、慶應義塾大学卒業後、毎日新聞入社。1972年から南ベトナムのサイゴン特派員。1975年、サイゴン支局長。1976年、ワシントン特派員。1987年、毎日新聞を退社し、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長、ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員などを歴任。現在、JFSS顧問。産経新聞ワシントン駐在客員特派員。麗澤大学特別教授。著書に『新型コロナウイルスが世界を滅ぼす』『米中激突と日本の針路』ほか多数。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2024年11月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。