【対談】福島県の未来と甲状腺がんの過剰診断について

加藤文宏
原岡ひさの

どのように話し始めたらよいのかわからない

加藤:福島県「県民健康調査」検討委員会が11月12日に開かれました。そこでは、原発事故の影響と健康被害を調査するため2011年10月から始まった福島甲状腺検査について議論されたのですが、内容を知って正直なところ私は途方に暮れてしまいました。この問題にかかわってきた人たちの結論ははっきりしているんですよ。事故で甲状腺がんは増えていない。多くの人がごく当たり前に抱えている悪さをしないものが見つかっているだけ。だから即刻やめたほうがいい。でも、13年経ったというのに結論が出ない。

原岡:WHOのIARCが、甲状腺がんの集団検診はやってはいけない、原発事故でも例外ではないと勧告しているというのに、今回も止められなかった。でも、止められなかっただけでなく、なぜ止めなくちゃいけないのか、どれだけひどいことになっているのか、事情を知らない人にどうやって話し始めたらよいのかわかりません。一言では言えないんですよ。

加藤:原岡さんは被災して、原発と目と鼻の先から関東に避難してきたから、私なんかよりよっぽど検査について何か言えるんじゃないかと思って、こうして出てきてもらったのだけど。

原岡:私は関東に定住して10年以上になって、生活の基盤がこちらにできているので、福島の人からしたらよそものです。検査が始まった2011年の10月は、もう毎日の生活と被災後の後片付けで頭がいっぱいだったし、検査より自主避難者問題のことばかり考えていました。まさか10年後にこうやって生きていられるとは思ってもいなくて、心配ばかりで気が狂いそうなときもありました。だから、専門家の方が発言されたり、地元の人たちが証言しているところで、意見なんてちょっとおこがましくて言えません。

加藤:さっき「一言で言えない」と言ったけど、これはおこがましくて言えない事情とは違う話だよね。一言で言えなくて、どこからどうやって話したらよいのかわからないのが、甲状腺がん検査と過剰診断。そもそも過剰診断って聞き慣れない言葉だし、奇妙にも聞こえるでしょ。専門家が10年間、それこそ事故の前からも、甲状腺がんという特殊ながんと検査の関係について説明しているけど、これを噛み砕いて説明し直すというのも、別の視点から話をするのも、これまでうまくできた試しがない。ほんと、皆を振り向かせることができなかった。

原岡:がんは早期発見、早期治療と言うじゃないですか。でも、若年型の甲状腺がんは成長が止まったまま、何も悪さをしないまま、そのまま寿命や他の病気で死んで行く人が圧倒的に多いものです。という説明で堂々巡りしてしまうというか、耳を傾けてくれる人がぐっと減ってしまうというか、うまくコミュニケーションが取れなくなるんですよ。

加藤:福島県の甲状腺がん検査とは何か、知っている人が少ないのもあるよね。原岡さんはよく知っているだろうけど、対談を読む人のための説明をしておかないといけないくらい知られていない。ほんと毎回、ここから始めなくてはいけなくなる。福島県の甲状腺がん検査は、2011年に18歳以下だった県民つまり当時子供だったり若かった人が対象で、一巡、二巡……と続けてやって行くものです。若い人の甲状腺がんは、福島県に限らず100万人に数人の割合で発見されるもの。もうこれだけで原発事故の影響はないと言える状態。なんだけど、この説明もなぜか浸透していない。

原岡:なんで浸透しないのだろう。甲状腺がん検査については福島の当事者同士で考えてください、強制でないなら検査しなければ済むじゃないですか、とか思われているのかな。処理水放出がストレートに政治的だったのに、医学や学術界のできごとに見えるから関心が低いのかもしれませんね。

若い人の人生に立ちはだかる難問

加藤:アカデミアで揉めているのを知っているなら、かなり事情を理解している人ですよ。対立構造が見えないからではないかな。処理水のときは共産党、社民党、れいわ新選組と前面に政治が出てきて、イデオロギーの対立というくくり方ができたし、口汚い表現をするなら「活動家と左翼はすっこんでろ」というのがあった。それがないからね。こういう政治的な対立や政局に翻弄される原発事故と福島への視線が、あるときは追い風にも向かい風にもなってきたけど、甲状腺がん検査では色のつき方がはっきりしていないから興味を持つ人が少ないのかもしれない。

原岡:そうですね、ほんとに。政治どうこうではなく、若い世代の未来の問題に興味をもってもらいたいです。13年前、私が福島で毎日のように見かけていた近所の小さい子たちや学生だった人たちが、やらなくてもいい検査の対象なんです。あの子たちは福島県の未来そのものじゃないですか。甲状腺がん検査の過剰診断問題は、若い人の人生そのものです。いつがんが見つかるかもしれないという恐ろしさや、がんが見つかったら進学はどうなる、就職、結婚、出産はと。

加藤:それこそ「一言で言えない」よね。100万人に数人の割合で発見される、悪さをしないがんの話としてまとめられないわけですよ。悪さをしないがんで、みんなも持っているかもしれないのに、過剰診断が福島の子たちには悪さをしている。この対談の前に読んでもらった論文のなかに、高野徹さんの『福島の甲状腺がんの過剰診断 ―なぜ発生し,なぜ拡大したか―』があるけど、「小児甲状腺がんと診断された子供を持つ親は子供の健康だけではなくそれ以外の様々な事柄を心配していることを認識すべきである。子供の甲状腺がんを診療していて最も頻回に問われる質問は「この子は将来結婚できるでしょうか。」というものである。」と書かれてる。

原岡:IARCがやってはいけない検査にしている理由そのものです。こういった精神的な負担というか、私はトラウマと言ってもよいと思うのですが、それだけでなくて将来ローンを組むときがんが発見された患者というので難しい問題に直面します。人生の先々で、壁になるんです。いままで言われてきた風評問題は、若い人たちが追い返してやれと頑張っているけど、これとは別ですからね。

加藤:団体信用生命保険問題だね。住宅ローンを銀行で組むなら「団体信用生命保険」に加入できるか、できたとして金利が上乗せされないかなんて、大きな問題ですよ。繰り返し言っておかなければならないのは、一定の割合で甲状腺がんを持っている人がいて、一生悪さをしない場合がほとんどで、私だってそうかもしれないし、原岡さんだって持ったままかもしれない。いま福島県で検査をされている世代が、他の自治体の若い人が心配しなくてよい苦労を抱えてしまって──。

原岡:抱えたのではなく、抱えさせられてしまっているんです。

加藤:そうそう。検査をしたくてしかたない医療関係者と研究者、いまさら引き返せないので事勿れ主義で押し通そうとする自治体関係者とかに。

原岡:子供たちのためなんて嘘っぱちで、大人たちが暴走したままで。検査には同調圧力や、もしかして自分はがんかも……という心配がつきまとうんですよ。そんな心配はしなくてよいのに、福島の親と子だけがつらい思いをしています。

鼻血、処理水、除去土壌、甲状腺がん検査

加藤:さっき、それそのものは政治的ではないと言ったわけだけど、甲状腺がんは政治的に利用されています。2014年までは鼻血とがんなどの病気、2020年代は処理水。これからは除去土壌が反原発のふりをした反権力運動の推進剤として使われて、これらがひと段落つくと甲状腺がんがまたまた持ち出されるでしょうね、彼らにとって最後のネタとして。レジ袋鼻血のデマで一躍有名になった早稲田大学の鴨下君も、甲状腺がんを持ち出しているし。

原岡:あの子たち親子より私のほうが原発から近いところに居た住民で、もっと長い時間あの場所に居ましたけど、レジ袋に鼻血を溜めたりしなかったし、そんなことをしている人はどこにもいませんでした。鴨下一家が住んでいたいわき市XXXのことなら、仕事関係の人が住んでいたからよく知っていますよ。いわきの人なら、あの町でみんな何事もなく暮らしているのは常識です。あの家族だけでなく早稲田の教授も、底抜けの世間知らずなんでしょうけど、世間を舐めすぎです。

加藤:一家のプライドのためなのか、それとも家族を繋ぎ止めるためなのかわからないけど、結果的に福島県は彼らの養分にされてしまったよね。福島県の人たちは反原発運動でも、この10年間の政治でも、甲状腺がん検査でも養分にされてしまった。養分にされるというのは、精神的な負担もあるけど、利用されてお金にされる反原発経済圏がつくられたということです。

原岡:加藤さんと自主避難者の問題をやってたとき、活動家や文化人にお金がぐるぐる回ってたのを私も見ました。これでいい立場になった人がいっぱいいました。甲状腺がん検査もこれです。私は一円ももらってませんよ。あの頃は避難生活中だったし、かなり活動費が厳しかったのに、出ていくばかりだったじゃないですか。自主避難者なんてもっとひどくて、共産党の赤旗を買わされているのにただ働きで配達やってと、搾取そのものでした。この対談が先払いでXXのパンの差し入れだけでやっているのが、天国に思えるくらいひどい状態。

加藤:なぜツイッターで反原発のデマ屋を叩かなかったのかと言われたことがあったけど、原岡さんも私も主戦場は別の場所だったし、かなり出費があって、そのなかには医療費も含まれていたんだよね。メンタルだけでなく体も痛めつけられて、救急搬送で手術したときは、もういろんなものが終わったと感じた。お金の話ばかりしていると聞いている人もうんざりするだろうけど、福島を利用して朝日新聞はプロメテウスの罠を連載して新聞を売っただけでなくて、本にして売りました。単行本は学研から出ました。朝日の関係者は閑職に追いやられたけど、名前を売って未だに反原発で仕事をしている。みんなが知っているのは、これとか山本太郎の集金術。そのほかにも、規模の大小はあってもあちこちでお金が動いた。

原岡:こっちはバカに自宅を特定されて襲われたり、手弁当なんて金額で済まなかったり、誰も頼んでない勝手にやったんだろうと言われるんだけどボロボロになりました。メンタルの話が出たけど、私なんか当時のつらさがフラッシュバックして何も手につかなくなることがあります。福島の人たちは、県民だというだけで巻き込まれて利用されたのだから、もっと理不尽です。そう思うから、苦労を今まで言わなかったのですが。

加藤:弱音を吐いて体調について話をするとつけこまれたり、信用を回復させるのに説明がややこしくなるのもあるよね。

原岡:いまだったら発信者情報開示請求で訴訟と思ったけど、これだって精神的な余裕がなければできません。同じように、福島県の人たちは地震と原発事故で心も経済もダメージを受けて精一杯だったから、いろんなことに反撃できませんでした。なのに、事故を利用して成り上がった人がいるんだから。

加藤:反原発運動がやりたい放題をやった後片付けを、原岡さんとやってきたわけだけど、私の場合は旧統一教会問題にもかかわって、ここでも同じことが起こっていたのがわかりました。反原発や甲状腺がん検査や反カルトに、どっぷり浸かる理由は人それぞれなんだけど、マスコミが騒ぎ出してことが起こると経済圏ができあがるし、政治が典型的だけど力関係の構造に組み込まれて、いろんな欲につながるものが集まってくるんです。そりゃもう、やめられないですよ。どの世界も無から報酬は生まれないので、どこかで養分が吸い取られてます。

原岡:福島県の人は吸い取られるだけで、リターンなんてないどころか、若い人の未来まで食い荒らされてしまいました。これで反原発マネー、検査マネーができちゃった。

加藤:たとえばズブズブとか壺とか言ったり、この前の選挙では裏金と言うだけで、大きく世の中が動いちゃうでしょ。福島県だったら鼻血とか処理水とかで世の中が動いてお金が動いた。甲状腺がん検査でも、ルーチンワークとして検査するだけで安泰な人がいるんですよ。だから手放すはずがないんです。絶対、自分からはやめない。薄汚いことをやっていると知らしめないとダメ。

私たちに何ができるのか

原岡:いまここで話していることをnoteにまとめるとして、誰が読んで、誰が理解してくれるんでしょうね。無料記事にするんですか、有料?

加藤:ひとまず無料で公開して後ほど有料限定にして、編集で削った話を付け加えるかもしれない。さっきの鴨下君と辻内教授の話なんて、分量も多いし内容的にも最初から全部は載せられない。反原発や反カルトで名誉やお金に群がる人の話もそう。いずれにしても、あたりまえのように甲状腺がんの過剰診断について話をしてしまったから、理解してくれるのは限られた人だけかもしれないね。でも、それでもいいんだよ。

原岡:対談は、どうしたらいいんだろうという相談っていうか、「困ったこまった」な話なんですよね。そのために呼ばれて、ちょっと高そうなパンをもらった。

加藤:そうそう、このパンはちょっと高い。だいたい最近はハラオカという人が居たのを知らない人も多いんです。なのに原岡さんの説明すらしていない。

ハラオカヒサノからのお知らせ|加藤文宏
ご無沙汰してます。 ご覧になっているnoteのアカウントをつくって 共同運営者として活動したハラオカヒサ(ノ)です。 勝手にハラオカ終了のおしらせをさせていただきます。 かなり疲れてしまい、長々と休んでいましたが、 「あのハラオカ」に戻る必要はないと気付きました。 このままのんびり適当なほうが幸せかなと。 いままで、あ...

原岡:甲状腺がん検査の過剰診断問題は、処理水のときのようには世の中に響かないと思っていて、これはわかりにくさだけでなく、さっき出てきた政治との距離もあるし、当事者が表舞台に立てなかったり、検査のおかしさを訴える側ではなく検査に巻き取られる側になっている違いが大きいと感じます。

加藤:そういう若い人や親御さんを引っ張り出してくるというのも違う。プライバシーの問題もある。原岡さんは自分はもう当事者ではないと言うし、福島県の人たちも親と子の世代で切り取られているから全員が当事者というわけでもないし、私なんかは外野なのを自覚していますよ。ただですね、言うことは言っておかないといけないんです。福島県の甲状腺がん検査は、若い人たちのための検査なんてものではなくて、欲まみれで力関係と事なかれ主義にどっぷりつかった大人がやっていることだというのをね。

原岡:甲状腺がんや過剰診断の説明はあきらめちゃう?

加藤:説明はしましょう。説明できる人を増やしましょう。だけど批判されるのをわかった上で言いますが、誰が、なぜ、こんなものをやっているのか端的に追及しなかったら、世の中は動きません。個人や特定の集団がやっていると、はっきり見えないから世の中の動きにつながらない。世の中の勢いを背中に受けなかったら、検査は止められません。なぜなら検査を止められたら困る大人がいっぱいいて、その世界では偉い人も中にいて、この人たちは自分たちが作り上げた構造とお金の出入りだけでなくメンツも守ろうと必死なのだから、生半可なことでは戦えません。

原岡:面倒臭いですね、学術の世界って。学術ではなく、もう別物なのかな。この世界の中にいて検査に反対されてきた先生方は、もう戦うだけ戦っていらっしゃるのだから、別のやり方で外の人が戦えばいいんですね。政治家の人たちにも動いてもらう。

加藤:そうですね。これから被害者が出るのではなく、もう被害者がいて、この人たちの未来が傷付けられたのは重大です。若い人たちは勝手に被害者になったのではなく、加害者がいたから被害を受けました。検査を続ける人たちが加害者であると、はっきりさせるところからですね。彼らに善意なんかありません。善意があったら、とっくに検査は中止しています。

原岡:甲状腺がん検査は、生体解剖はしてないけど人体実験みたいなものに感じます。気持ち悪い人たちが、福島県の子供や若い人たちを標本にして飾っているのとどこが違うんでしょうね。


編集部より:この記事は加藤文宏氏のnote 2024年11月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は加藤文宏氏のnoteをご覧ください。