ICC(国際刑事裁判所)のイスラエル首相・前国防相の訴追

ICC(国際刑事裁判所)が、遂にイスラエル首相のネタニヤフ氏と前国防相のガラント氏の逮捕状の正式発行に踏み切った。

首席検察官のカーン氏が、異例の形で、逮捕状の請求を行ったことを、すでに5月に公にしていた。通常は、逮捕状が正式発行になってから、公表される。あるいは正式発行の事実が秘匿されることすらある。ただし、検察官の要請から、正式発行まで6カ月もかかるというのも、異例中の異例の出来事であったと言える。

カーン検察官は、ICCがガザ危機における戦争犯罪の捜査を行っていることを明らかにするとともに、逮捕状発行に向けた手続きが内部で不当な圧力にさらされないようにしたのだろう。

代わりに、公の圧力が高まった。保守党時代のイギリス政府が異議手続きをとろうとしていたとされるし、イスラエルも異議を唱えていた。カーン判事が部下にハラスメントを行ったという告発も出てきた。逮捕状正式発行の審理にあたった裁判官の一人が健康上の理由で辞任した。最も大きな動きとしては、アメリカが「ICC制裁法案」の可決に動き始めた。ICC職員の移動を制限するだけでなく、職員及び組織としてのICCの資産凍結を可能とする内容だ。

オランダのハーグにあるICC=国際刑事裁判所
GAPS/iStock

国際世論は、圧倒的にICCの味方である。ICCは今回の訴追で、国際刑事裁判所としての威信を保った。もし訴追を見送るようなことがあったら、アフリカの締約国の離反あるいは脱退を招き、空中分解していくところだっただろう。

他方、イスラエル及びアメリカの反発を過小評価することはできない。諜報先進国家イスラエルと、超大国アメリカによる嫌がらせは、ICCにとっては大きな脅威となる。

アメリカの国内法は、自動的にはオランダに位置する国際裁判所であるICCには適用されない。しかし欧州の金融機関等は、アメリカの金融市場と密接な結びつきを持つ。欧州のいずれの金融機関も、アメリカでの商業取引活動を断念することはできない。

そこで外国籍であっても違反した金融機関にはアメリカでの活動を禁止する内容を持つアメリカの国内法の内容に従うことになる。具体的には、ICCの金融資産を差し押さえないと、アメリカでの商取引から締め出されることになる。そのリスクを背負いきれないので、通常は日本や欧州の金融機関は、一斉にアメリカの金融制裁の内容を履行する。

単純に考えれば、この措置を通じて、アメリカは、ICCを事実上の活動停止の状態に追い込むことができる。ICCが自らの資産を使えなくなるからだ。

だが、検察官の逮捕状要請から正式決定まで6カ月もの時間があった。ICCにとっては、アメリカの金融制裁に対応する準備を検討するための時間だったはずである。工夫に工夫を重ねて、アメリカの金融制裁をかいくぐって、活動を続けるための措置を検討したはずだ。職員の多くは、自らの金融資産の防衛措置を個人努力でとっただろう。組織としてのICCも同じであったはずだ。

なおオランダの国内法整備・運用にあたってのオランダ政府の協力は、アメリカの制裁をかいくぐるために、ICCにとっては極めて重要な要素である。

ただICCにとって不確定要素になっているのは、オランダで直近の選挙で反移民政策を掲げる極右と描写される自由党が第一党になったことだ。絶対多数ではなかったため、党首のウィルダース氏が首相になるほどではなかった。しかしウィルダース氏の自由党の影響力が強まったことは当然である。

反移民とは、実態として、反イスラムである。ウィルダース氏は、かなり踏み込んだイスラエル支持者でもある。今回のICCの逮捕状発行を快くは思っていないだろう。とはいえオランダ政府は、いち早くICC支持の声明を出しており、大勢は変わっていないことをアピールしている。

締約国の支持は、国際世論を喚起してICCの活動に有利な環境を作るためにも、具体的な工夫の措置をとるためにも、重要な要素である。しばしば指摘されてきているように、日本は財政貢献においてICCの筆頭格の国であり、その存在感は小さくはない。残念ながら、これまでのところ、日本のICC支援といえば、ロシア・ウクライナ戦争をめぐる活動に特化しており、ガザ危機をめぐっては、発言を控える傾向が続いている。

逮捕状の正式発行後の11月22日の記者会見で、林正官房長官は、「パレスチナ情勢にいかなる影響を与えるかの観点も含め、捜査の進展を重大な関心を持って引き続き注視する」と述べるにとどめた。

これが対ロシアの話題であったら、「国際社会の法の支配を守る」といったテーマに引き寄せた発言を行っただろう。ガザ危機であれば、関心対象はせいぜい「パレスチナ情勢にいかなる影響を与えるか注視」にとどまっている。

残念ではあるが、これまでもずっとこのような態度なので、驚きはない。少なくとも日本がICCの活動の阻害要因にならないことを祈るのみである。

「国際社会の法の支配」を推進すると述べる日本の立場は、単なる二枚舌で、信じるに値しない浅はかなアメリカ追随の文言でしかない、という印象を世界に流布するかどうか。その瀬戸際にはなってきている。

篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。