ドイツで16年間、首相を務めてきたアンゲラ・メルケル氏(70)はこのほど伝記を出版した。700頁に及ぶ伝記の中で16年間の首相としての体験談や会合した政治家への評価のほか、人生35年間を過ごした旧東独時代への思い出などが綴られている。
当方は同伝記をまだ入手していないので詳細なことは言えないが、独週刊誌シュピーゲル最新号(11月23日号)が伝記出版前にメルケル氏と会見したインタビュー記事を掲載しているので、会見記事を読んだ。
8頁に及ぶインタビュー記事の中でシュピーゲル誌記者はメルケル氏に来年1月20日に米大統領に就任するトランプ氏への人物評、現職時代のロシアのプーチン大統領との対応などについて、かなり厳しい質問をしている。
ハリス氏に勝利しトランプ氏再選のニュースを聞いた時、メルケル氏は「悲しかった。ヒラリー・クリントン女史が2016年の大統領選でトランプ氏に敗れた時も失望した。自分は別の結果を期待していたからだ」と述べている。
そのトランプ氏については、「政治の世界でウイン・ウインを理解せず、勝利者か敗北者かの2者選択しか理解しない政治家の場合、多国間主義者にとって、それらの政治家とうまくやるのは非常に困難な課題だ」と指摘。
現職時代にトランプ氏とホワイトハウスで会合した時の印象を聞かれ、「トランプ氏は非常に好奇心の強い人間だ。彼は詳細な点まで知りたがる。ただし、それは自身の利益をより有利にし、相手を遣り込めるためだ。大きな場所で多くの人がいればいるほど、トランプ氏は勝利者でありたいという衝動を抑えきれなくなる。トランプ氏とは談笑できない。全ての会合は競争であり、自分かお前かの戦いの場だからだ」と指摘する。
シュピーゲル記者が「トランプ氏の再選は世界の平和にとって危険か」という質問に対し、メルケル氏は「イエス」とは答えず、「多国間主義者にとっては挑戦だ」と外交的に返答し。世界通貨ドルを掌握し、世界最強の経済を有する米国の大統領が如何に強大なパワーを保有しているかを思い出させている。
シュピーゲル記者はその答えには満足せず、「トランプ氏の再登場による挑戦は2016年の最初の時より一層強まったか」と聞いている。それに対し、メルケル氏は「現在はトランプ氏とシリコンバレーの大資本を有する企業との連合が生まれてきている。宇宙空間を旋回する人工衛星の60%を保有する企業オーナー(イーロン・マスク氏)がトランプ氏を支援しているとしたら、われわれは更に多くの政治的な問題に関わらざるを得なくなるからだ」と説明している。
それでは「マスク氏はトランプ氏より危険か」という質問に対し、メルケル氏は「政治が大資本の言いなりになったり、その影響に屈するようだと、世界の全てにとって未知の挑戦となる」と述べるだけに留めている。
2015年の中東・北アフリカからの大量難民の殺到とメルケル氏のウエルカム政策についても厳しい質問を受けているが、興味深い点は、やはりメルケル氏のプーチン大統領への評価だろう。メルケル氏は2000年、大統領に就任したプーチン氏と初めて会合しているが、「わたしは彼について何も思い込みなどしていない。彼が独裁的な言動で、自分が常に正しいと考えている人間であることを感じたが、彼が後日、ウクライナに侵攻するとは考えていなかった」と述懐している。
シュピーゲル誌記者から「あなたは2008年のブカレストで開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会談でウクライナのNATO加盟に反対した」と質問されると、「私はウクライナとグルジア(現在のジュージア)の加盟(正式な加盟行程=Membership Action Plan, MAP)には反対したが、近い将来、両国の加盟が実現できるように保障すべきだとの立場だった」と説明している。
ちなみに、メルケル氏は後日、ウクライナの加盟を阻止した張本人としてウクライナ側から批判を受けている。ゼレンスキー大統領はブチャ虐殺事件後(2022年3月)、「メルケル氏の2008年ブカレストでの加盟反対がこの結果をもたらした」と批判している。
メルケル氏は「ゼレンスキー氏の批判は承諾できない。私はプーチン氏がソ連帝国の崩壊に大きな痛みを感じ、必ずソ連帝国の領土を回復するために軍事行動をとる危険性があると警告してきた。実際、ブカレスト会議の数カ月後、ロシア軍はグルジアに侵攻し、南オセチア紛争が発生した。私の警告が正しかったことが証明された」という。
ロシアのクリミア半島の併合(2014年)後もメルケル政権はロシアとの間の天然ガスのパイプライン建設(ノルドストリーム2)を継続したことへの批判に対しては、「ドイツの国民経済に私は責任を有していた。安価なガスをロシアから得ることは経済的に重要だからだ。私がもし当時、ノルドストリーム2の操業中止を主張したとしても議会や産業界は支持しなかっただろう」と説明し、「政治的にもガスパイプライン計画は意味がある。それを通じて、ロシアは西側と同じような経済的享受を受けることができるようになるからだ」と説明し、ロシアとの関与を一切遮断することは正しくないという考えを明らかにしている。
メルケル氏の16年間の首相としての歩みを客観的に評価するにはまだ時間がかかるだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年11月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。