「キックル首相誕生」を恐れる隣国のドイツ

オーストリアで極右政党「自由党」主導政権誕生の可能性が高まってきた。ファン・デア・ベレン大統領が6日、自身の願いではないが、と断りながら自由党のキックル党首に新政権発足に向けた連立交渉を要請したことを受け、キックル党首を次期首相とする新政権が発足する見通しが出てきた。

同大統領は昨年9月29日に実施された国民議会選挙で第1党となった自由党が政権を掌握することを阻止するため、第2党の国民党のネハンマー党首(首相)に政権樹立の連立交渉を要請したが、国民党と社会民主党、リベラル派政党「ネオス」3党の連立交渉は暗礁に乗り上げた。そのため、同大統領は政治カオスを避けるためにキックル党首に連立交渉を要請した経緯がある。

2月23日の連邦議会選で第1党復帰が予想されるCDUのメルツ党首、CDU公式サイトから

ところで、ドイツでは来月23日、ショルツ連立政権の崩壊を受け、早期連邦議会選挙が行われるが、隣国オーストリアで極右党主導の政権が誕生する可能性が高まったというニュースが伝わると、ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD))の躍進を恐れる他の政党の間で強い反発と懸念の声が出てきている。

ドイツのミュンヘン州を拠点とする野党「キリスト教社会同盟」(CSU)のマルクス・ゼーダー党首は6日、「オーストリアの政情はドイツの政治に対する警告だ」と強調し、ドイツがオーストリアの二の前になってはならないと警告している。「緑の党」のロベルト・ハベック副首相はラジオ放送でのインタビューで、「民主主義政党間の連携が如何に重要かを示している。オーストリアを見れば、連帯能力を失った場合に何が起きるかが分かる。民主主義政党は政策で意見が異なっていたとしても常に連帯可能でなければならない」と強調した。

同副首相の発言は、社民党、「緑の党」そして「自由民主党」(FDP)の3党からなるショルツ連立政権の崩壊をもたらした最大の原因が政権下の3党の連携不足、特に、FDPの連携能力の欠如にあったことを示唆しながら、「極右政党の躍進を阻止するためには、民主的政党の結束が不可欠だ」と言いたいのだろう。

社会民主党(SPD_のアヒム・ポスト議会副代表は更に一歩踏み込んで、「オーストリアの動向は保守派政党にとってリトマス試験だ。極右政党に媚びるか、民主的中道の政党に留まるかが問われている」と説明し、野党第1党「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルツ党首に対してAfDと明確な距離を取るように」と牽制している。CDUは隣国オーストリアの国民党の姉妹政党だ。その国民党はキックル自由党と連立交渉を始める予定だ。SPDはCDU/CSUとAfDの連立の動きを恐れているわけだ。

また、左翼党のヤン・ファン・アーケン党首は「憂慮すべき信号だ。肝心な局面では、保守派は社会政策を一切許さず、極右に権力を委ねることを選ぶ」と「ライン新聞」に語ったている。同発言を説明すると、オーストリアの与党国民党は選挙戦では自由党との連携を強く拒否しながら、政権維持のため土壇場になって自由党に歩み寄ってきている、と受け取っているわけだ。

一方、AfDのアリス・ヴェイデル党首は「オーストリアの主要政党が自由党排斥を目的に構築してきた防波堤が大崩壊した。同じことがドイツでも当てはまる。AfDを排斥する動きがあるが、それらの障害は消滅していく運命にある」と指摘し、CDU/CSUに対して「AfDへの防波堤を撤廃すべきだ」と主張している。

ちなみに、「国際アウシュヴィッツ委員会」は、自由党に政権委任がなされたことに衝撃を受けたと表明した。執行副会長クリストフ・ホイブナー氏は、「この政権委任を受けた自由党は、他に類を見ないほど極右やネオナチ的な思想・活動に関与している政党だ。ホロコースト生存者にとって、この日はヨーロッパの忘却への道におけるさらなる暗い節目となった」と指摘、「多くの有権者が極右政党に投票し、かつてヨーロッパを破滅に追いやったイデオロギーを信じるようになったことは悲痛だ」と述べた。

アドルフ・ヒトラーはオーストリア人だ。ヒトラーは画家になる道を断念した後、ドイツに移り、そこで政治家となり、国民社会主義ドイツ労働者党(ナチス党)の指導者となった。オーストリア人のヘルベルト・キックル党首(56)はウィ―ン大学で哲学を学んだ後、欧州の代表的ナショナリスト,イエルク・ハイダーのスピーチライターとして務めた。そして2021年6月に自由党の党首に就任した。キックル党首は選挙戦では「自分は人民首相になる」と表明してきた。ドイツではAfDのこともあって、隣国のキックル自由党の動向に非常に過敏となっている。

なお、ドイツの複数の世論調査によると、CDU/CSUは支持率28%~32%でトップを独走する一方、AfDは18%から19%で第2位だ。ショルツ首相のSPDは15~16%で第3位に甘んじている。来月23日の議会選でCDU/CSUの与党への復権はほぼ間違いない一方、AfDがどこまで票を伸ばすかが注目されている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。