独週刊誌「シュピーゲル」誌が12月31日に予告していたが、米国の実業家でトランプ次期大統領の最側近でもあるイーロン・マスク氏とドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)の共同党首アリス・ヴァイデル女史との間でマスク氏が運営するプラットフォーム「X」で9日、75分間余りの対談が行われた。シュピーゲル誌は昨年末、「ヴァイデル陣営とマスク陣営は定期的に連絡を取り合っている」と指摘し、近いうちにマスク氏とヴァイデル党首の対談が行われると報じていた。
マスク氏はこれまでドイツの既成政党を批判し、「希望はAfDだけだ。AfDだけがドイツを救う」とAfD支持を表明してきた。マスク氏は、独連邦憲法擁護庁によって「極右の疑いがある」と認定されているAfDへの選挙広告を行い、ドイツの代表紙「ヴェルト日曜版」に寄稿を掲載している。
ドイツは現在、選挙戦中だ。来月23日に連邦議会選が実施される。マスク氏のドイツの総選挙への干渉はドイツ国内でも物議を醸している。マスク氏がX上でドイツのシュタインマイヤー大統領を「反民主的な独裁者」と批判し、それに先立ちショルツ首相を「馬鹿者」呼ばわりしたばかりだ。マスク氏のAfD支持表明に対し、ヴァイデル党首はX上でマスク氏のAfD支持に感謝する「親愛なるイーロン」と題したビデオメッセージを公開している。
さて、両者の対談に入る。対談は主にマスク氏が質問し、ヴァイデル党首がそれに答えるというパターンだった。テスラのCEO、マスク氏は終始、AfDを称賛することを忘れなかった。一方、ヴァイデル党首はドイツの現状を伝え、エネルギー政策と移民政策が如何に悲惨かをアピール。社会民主党や「緑の党」だけではなく、16年間政権を運営してきた「キリスト教民主同盟」(CDU)をも批判し、メルケル首相(当時)を「ドイツ初の『緑の党』首相」と評している。
ヴァイデル氏がドイツの高い税率や官僚主義を批判すると、マスク氏はベルリン近郊のグリューンハイデにおけるテスラ工場の開設について語り、「当時、ドイツ当局に大量の書類をトラック一杯分提出しなければならなかった」と述べている。
ヴァイデル党首とマスク氏の間には意見の違いがあった。例えば、マスク氏は「太陽光エネルギーのファン」だが、ヴァイデル氏は反論せず、その代わりに原子力発電の可能性を指摘し、原発の閉鎖を批判すると、マスク氏はその批判に理解を示した。また、移民問題では、マスク氏は制御されない移民には反対する一方、規制された移民には肯定的だった。また、両者は欧州連合(EU)のインターネット規制を批判し、ヴァイデル氏はドイツの教育システムに対して否定的な見解を示した。
対談の中で興味深い点は、ヴァイデル党首が「AfDはナチズムの遺産とは無関係だ」と主張し、「ナチズムは社会主義であり、ヒトラーは共産主義者だった」と述べていることだ。同党首は「ナチスが企業を国有化したこと、反ユダヤ主義がスターリンのものと同質であった点」を挙げて,自説を説明していた。
対話の終盤、マスク氏は火星旅行について語り、「約2年後には無人宇宙船を火星に送ることができると考えている。そして約4年後には、人類初の火星移住が可能になるかもしれない」と述べた。また、「神の存在」についても議論したが、両者とも「確信は持てない」という結論で終わった。マスク氏は対談中、笑顔を絶やさず、終始上機嫌だった。ヴァイデル氏は感謝の意を述べて1時間を超えた対話を締めくくった。
同対談はマスク氏にとっては数多い外国指導者との対談だが、ヴァイデル党首にとっては貴重なチャンスであったことは間違いない。次期米大統領のトランプ氏の側近であり、西側の最高の資産家マスク氏との対談は、ドイツで極右政党というレッテルを貼られてきたAfDにとっては最高の選挙運動になったからだ。
マスク氏は既存の政治体制や規制に対する批判を繰り返してきた。例えば、テスラの工場建設に関する認可の遅れや、気候政策、エネルギー政策への不満を表明してきた。一方、極右政党は「現状打破」や「既存のエリートに対する挑戦」を掲げており、マスク氏の自由主義的で規制を嫌う姿勢と一致する部分がある。マスク氏はまた、極右政党が掲げる移民制限や反グリーン政策に共感している。なお、CDUのメルツ党首が指摘していたが、「AfDはテスラのドイツ工場建設に最も激しく反対していた」という事実については、両者の対談の中ではテーマとならなかった。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年1月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。