ガザでほぼ1年半にわたって戦闘状態を続けていたイスラエルとハマスが、停戦に合意した。
まず6週間の停戦を実行し、ハマスが人質33人を解放し、イスラエルも拘束中のパレスナ人数百人を解放する。この時点で、イスラエルは人口密集地から撤退するという。次に、ハマスは全ての人質を解放し、イスラエルはガザから撤退して、停戦の恒久化を目指すという。第三段階として、復興が始まると謳われている。
残念ながら、停戦は19日日曜からの発効とされているため、現在もまだイスラエルの攻撃が続き、まだ日々、死者が数十人単位で出ていると伝えられている。
1月19日は、トランプ氏がアメリカで大統領に就任する1月20日の前日だ。イスラエルが停戦合意した背景に、トランプ氏を中心とするアメリカ国内政治の事情があることを、強くアピールするような仕組みだ。
イスラエルとしては、イスラエル主導のガザの統治政策を、トランプ大統領の後押しを得て、進めていきたいだろう。バイデン政権は、二国家解決策の枠を強調し、パレスチナ自治政府によるガザ統治体制を基本とする姿勢を崩さなかった。ネタニヤフ首相は、そのバイデン政権が続く限り、戦争を終わらせることをしなかった。
ところがトランプ大統領が就任しる直前には、戦争を停止することにした。トランプ大統領の就任を待って、イスラエル主導の戦後ガザ統治を進めていく、という意思表明のように見える。
シリアのアサド政権が倒れ、イランを中心にした「抵抗の枢軸」のネットワークに大きな変化が生まれた。イスラエルは、すかさずシリア領ゴラン高原に侵入して、軍事占領をした。レバノンのヒズボラに対する軍事的優位を確立するためでもある。
ハマスの側からみると、死活的な供給路が絶たれてきている状態だ。「自らの大統領就任までに停戦せよ、そうでなければ中東は地獄になる」、と威嚇するトランプ大統領の従って、様子を見ざるを得ない状況に追い込まれていた、ということだろう。
今回の停戦の内容は、すでに何か月も前から、やはり同じ仲介者のカタールをはさんで、協議されていた内容だ。文言の内容の変化ではなく、環境要因の変化と、タイミングを見極めた合意であると言える。
2023年10月以降の死者は、ガザ保健省の発表で4万6千人とされる。実際には、もっと多くの犠牲者が出ているという指摘もなされている。政治的駆け引きによる長期化した戦争の犠牲者の数として、あまりに膨大だ。
ガザが特異なのは、外部世界に逃れることができない閉鎖された空間で、圧倒的に強力な軍事力を持つイスラエル軍の攻撃によって、一般市民に多数の犠牲者が出たことだ。飢餓や疾病などによる人道危機の悲惨さも、看過できない。
この停戦が持続されるのかどうかは、偶発的事態が発生する可能性などによっても左右されるため、簡単には見通せない。仮に停戦が維持されるとしても、問題の解決には、程遠い。仮にイスラエル軍のガザからの物理的な撤退がなされたとしても、以前同様の完全封鎖の苛烈な占領体制は続くし、いずれにせよ軍事行動の可能性は残り続けると想定せざるをえない。
停戦合意の締結は望ましいことであるし、それが維持されることも願わしいことだが、それはあくまでも過去1年半よりもまだマシになりうるという相対的な意味においてのみ、望ましい、と言えるだけだ。
イスラエル主導のガザ統治とは、占領体制の恒久化であり、UNRWAの破壊であり、あるいは入植活動の再開だろう。
繰り返しになるが、バイデン政権ではアメリカとの間でガザ占領統治体制に関する意思の統一が図れないために、イスラエルは戦争を続けていた。1月19日に停戦するのは、トランプ政権とならイスラエルのやりたいようにガザ占領統治ができる、とイスラエルが期待している証だろう。
ただしもちろん、ハマスの運動に参加している人々のみならず、大多数のパレスチナ人は、そのようなイスラエルの政策を認めない。停戦が形式的に維持される場合でも、問題は増幅して悪化していく。
今回の停戦合意では、第3段階として、「復興」が謳われている。しかし普通の意味での「復興」が期待できるような環境が、今回の停戦合意によってもたらされる可能性は乏しい。日本としては、対シリア政策と同様に、慎重にガザ情勢の行方を見守っていかなければならないだろう。
ガザの人々の悲惨な人道的環境は、少しでも改善されなければならない。しかしイスラエル主導のガザ占領統治への拙速な協力が、ガザの人々の人生の改善に寄与すると考えることは、著しく難しい。
戦争犯罪行為を容認しないこと、国際法違反の統治体制を認めないこと、UNRWA存続の重要性を訴え続けることに関して、安易な妥協は、許されない。復興に最大の道義的・法的責任を持っているのが、イスラエルであることも、誤魔化してはならない。不法占領を既成事実化したうえで、パレスチナ人の主権の対象である海洋の天然資源の開発などに手を染めることも、タブーだ。
法的及び道義的原則を崩さない態度は、長期的な視野に立った時の本来のガザの「復興」のために大切であり、したがって日本がイスラム圏諸国と良好な外交関係を維持するためにも大切である。
日本の経済力も数十年前の勢いと比べれば、隔世の感があるほどにまで、低下した。万が一にも、安易な呼びかけに騙されて、キャッシュディスペンサー役を引き受け、いたずらに国民を疲弊させるために、浅はかな復興支援への協力に流されたりする余裕はない。それをふまえて、むしろ地に足のついた姿勢を取り続ける気概を持ちたい。
ガザの未来を真剣に憂いている姿を見せていくこと、そしてたとえ時間がかかってもパレスチナの人々ともに復興を構想していく姿勢を崩さないことが、何よりも重要である。
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「篠田英朗国際情勢分析チャンネル」(ニコニコチャンネルプラス)で、月2回の頻度で、国際情勢の分析を行っています。