初任給30万円が暗示する日本社会の構造改革の始まり

大手企業が大卒の初任給を引き上げる動きがここ数年広がり、初任給30万円台時代がやってきたと日本経済新聞電子版が報じています(図表も同紙から)。

物価の上昇に対応し社員の生活水準を維持するという目的もあるようですが、新入社員の給与の伸びは全体よりも高い傾向があり、企業が人材確保のために待遇改善に乗り出したと考えるのが自然です。

新卒の給与だけを上げる訳にはいきませんから社員全体の給与水準を高めてくことにならざるを得ません。そうなると全体の人件費の負担が大きくなりますから、年功序列のような能力に関係の無い給与体系は徐々に消えて、能力によって給与に差がつくようになっていきます。

また、会社から戦力として評価されない社員は給与やポジションで高い評価を得られず、退社せざるを得ない立場に追い込まれるケースも増えていきそうです。

人材の獲得競争は日本企業の間だけで行われている訳ではありません。グローバルに活躍できる人材は外資系企業の海外オフィスに就職するケースも増えていくでしょう。初任給30万円どころか、年収1000万円以上で入社する20代社員も珍しくなくなります。

このような人材の選別だけではなく、事業についても見直しが行われることになります。採算性の低い事業や本業とのシナジーの小さい事業は「選択と集中」によって撤退や事業売却が進められるはずです。

逆にそのような事業を買い取って規模を拡大する企業も出てきます。これはマクロで見れば企業の収益性と効率性を高めることになり経済全体にとってはプラスです。

資産についても同様です。持ち合いの株式や有休不動産などは効率性の観点から処分されていけば、売却によって得た資金を有効活用できるようになります。

事業や資産の売却・購入を実践する会社が日本企業の中に広がれば、M&A(企業買収)が活発化して「企業買収=乗っ取り」というようなマイナスイメージよりも、事業の再構築というプラスのイメージに変わっていきます。

人事評価や事業再編といった痛みを伴う変化に対して日本社会は受け入れるまでには時間がかかります。しかし一旦その変化が始まると横並び意識から急激に広がっていきます。

初任給の上昇の動きは日本企業の意識の変化と構造改革が加速していく始まりを示す象徴的な出来事のように私には映ります。

byryo/iStock


編集部より:この記事は「内藤忍の公式ブログ」2025年1月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。

資産デザイン研究所社長
1964年生まれ。東京大学経済学部卒業後、住友信託銀行に入社。1999年に株式会社マネックス(現マネックス証券株式会社)の創業に参加。同社は、東証一部上場企業となる。その後、マネックス・オルタナティブ・インベストメンツ株式会社代表取締役社長、株式会社マネックス・ユニバーシティ代表取締役社長を経て、2011年クレディ・スイス証券プライベート・バンキング本部ディレクターに就任。2013年、株式会社資産デザイン研究所設立。代表取締役社長に就任。一般社団法人海外資産運用教育協会設立。代表理事に就任。